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二十一

タイチが友達と約束があるからと出てゆき、玄関が閉まると空気が張り詰めた。
「町田桔梗については。」
ひかりが口に乗せた名前にイルカの肩が大きく跳ね、僅かに目がさ迷った。それを見たカカシは、記憶の中でその女をまだ想っているのかと唇を噛んだ。
「私が暫く変化するから、イルカ先生は癖や話し方を教えてちょうだい。」
親しかったんでしょ、とにやりとイルカを覗き込んだひかりにイルカは自然に頬が染まるのが止められない。
「あ、いえ、その。」
「残念だったわね、もう少しで結婚できたのに。」
ひかりは何を思ってそんな酷い事を言うのだろう―イルカの顔が歪み、必死で堪える姿がいたたまれない。カカシは座っているのに目眩に襲われていた。胃も痛い、吐きそうだ。
「どうしたうみの、また頭が痛むか。」
「いえ、ただ…あの人の過去と私の前で見せた笑顔を思い出したらちょっと辛くなりまして。」
「ああごめんなさい、イルカ先生じゃなかった時なのよね。でもそうやって入れ込みすぎるから貴方はほっとけないの。ね、カカシ君。」
ひかりの誘導に危うく本心を漏らしそうになったが頷くだけに留められた。
無理をするあんたが心配でせめて会いたいとあの任務をもぎ取ったんだ、と喉元まで出かかっているがそんな言葉はイルカを戸惑わせるだけだ。カカシのいない未来に歩み始めたイルカを立ち止まらせる訳にはいかない。
「…はたけ上忍には大変ご迷惑をお掛けいたしました。私ごときにお手を煩わせて申し訳ございません。」
よそよそしいイルカに腹の底が熱くなり、暗殺よりも平静を保ち難い。
「いいんです、綱手様の命令ですから。」
だけど笑ってイルカを見送ろう、陰から守る事はできる。でもイルカが誰かと結婚して、子どもが生まれでもしたら。
―オレは正気でいられるのだろうか。
「町田桔梗の受け持ちは最高学年だから、年明けから修行先に行く生徒はあまり登校しなくなるんでしょ。」
此処の子どもは巣立ちが早い。十二やそこいらで修行に出るのは忍びの制度と変わりなく、イルカは知らなかったが遥か昔に引退した各里の忍びが終の棲みかを求めて集まったのがこの町の始まりらしい。
老齢でも里の世話になりたくないと、まだ里間の確執もなかった時代に自力で築き上げた町。忍びを捨てて歴史は封印されて、一般人だけの町。
それでも風習は残り、いつしか職人達の町になった。
「だから何とかなるわ。卒業は三月頭、イルカ先生は町田桔梗と結婚して火の国に戻るって事でどう?」
「でも今、森村先生がいないとクラスが困りますし、それだと春から町田先生の後がいなくなります。私が里に戻る理由もないですし。」
イルカは何より生徒優先に考えるきらいがある。春からも引き続き残りたい口振りだとひかりは苦笑した。
「貴方は木ノ葉の忍びよ。」
釘を刺す。イルカが黙り込む。
「当面は私と校長で何とかなるわ。他の先生方もいらっしゃるでしょう。」
「町田の後には春からうちのが入ればいい。会社員だったが教員免許は取ったと言えば簡単に採用されるだろう。」
青山もイルカが残る事には反対だ。有能な人材を捨てる訳にはいかない。
「しかし、もう一人。」
イルカも諦めない。根底にはカカシと離れたい思いがあるからだ。
「それはこの町の決める事だ。君は介入してはいけない。」
「うみの中忍は里に大事な生徒を残して来ているでしょう。」
むかいの責める言葉が教え子達を思い出させた。本当は帰りたいのだ、あの里は故郷なのだから。
「貴方は、」
訪れた静寂に、思い切ってカカシが切り出した。
「ナルトの、拠り所なんです。」
はっと勢いよくイルカが顔を上げてカカシを見た。カカシは何処か辛そうにイルカを見詰め返してですよね、と笑う。
イルカにとっても心の拠り所のナルト。今は自来也と共に修行に出て遠く離れているが、いずれは戻ってくる筈だ。その時にイルカがいなければどんなに悲しむだろう。ましてや原因を作ったのはカカシだ、ナルトに殴られようが足蹴にされようが構わないがもしイルカを里に戻せなかったら。
「そうだ、それを考えろ。」
真剣な目でイルカを諭し、青山は采配を奮い始めた。
「じゃあ今日はむかいはイルカと宴会の予定な、で噂で聞いたと疫病の話をしてイルカが心配で行ってみる。足止めされて結果を持ち帰るのは五日程後だ。その間にチャクラを戻してイルカ自身が動き出せばいいだろう。ひかり、二日だけ町田に変化して話し掛けられない程度に姿を見せて回れ。」
各々が歯車のように動き出す。
「イルカ先生、明日私が来るまでに町田の事をきちんと思い出しておいてね。でないと彼女になりきれないのよ。」
思い出したくなくても、と念を押して。
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