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二十

カカシとむかいはそのまま朝まで起きていた。戻る記憶にイルカが拒否反応を起こさないか経過観察と結果を確認する為、そして荒波ナガレだった時のイルカの様子をカカシが知りたがったからだ。
「で、俺は会社自体がないから書類も全部自作ですよ。うみの中忍の隅まで書類を見る目付きはやっぱり忍びでしたもの、いつばれるかと冬でも背中を汗が流れましたね。」
職人達の品を、新町の百貨店に卸したいと話を持ち掛けた時だ。兎に角イルカと繋ぎを取りたかったから断られる前提で無理矢理でっち上げたが、いいですよと話を通されたらかえって困る事になっていた。
「お前、情報部にスカウトされたなら簡単でしょうが。」
「そうは言っても付け焼き刃ですからね。犯人達の炙り出しに失敗したくなかったんです。」
カカシが首をぐるりと回し肩を揉む。青白い顔には疲労が濃い。
「オレが関わったのは間違いだったのかねえ。」
「さあ、俺には判りませんが、動かなければ先輩はもっと後悔してたでしょう?」
むかいの言葉に頷いて、カカシは瞼を手で押さえた。

イルカの目が覚め、天井の木目を見ながら一つ大きく息を吐いたのは朝とは言えない九時過ぎだった。
「…イルカ先生。」
今は任務上の繋がりだけでどう呼んだらいいのか解らず、カカシは長らく呼んでいた名で声を掛けた。
くるりと頭を回しカカシを見て微笑み、イルカははいと答えた。
「おはようございます、うみの中忍。判りますか?」
身を乗り出したむかいにも微笑み、イルカは身体を起こそうと布団に手を着き、だが力が尽きてまた横になる。
カカシは当たり前のようにイルカの肩を抱いて、自分の身体に背を凭れ掛けさせてやった。
「チャクラは記憶を戻す為に使われたようだから、身体はまだ動かないでしょう。」
身体が触れ合えば馴染んだチャクラはお互いには解ってしまう。
「カ、はたけ上忍も調子が悪いのでは?」
「元々少ないですからね、大丈夫。」
座布団やクッションを集めてイルカの背に当て、起き上がった状態を作ってやる。手を離して凭れさせればイルカはお手数を掛けて、と頭を下げた。
「青山さんが来ましたよ。」
玄関に顔を向けてむかいが立ち上がった。出迎えたむかいと青山が話をする間に、ひかりとタイチはまた鍋をイルカに見せている。
「どうだ。」
「先輩がちょっと。」
帰りてえ、と青山が踵を返すその腕を掴んでむかいが意地悪しないでくださいと眉を下げた。まあまあと肩を叩いて気長に見てやろうぜ、と青山はむかいを慰める。
「イルカ、記憶はどこまで入ってる。」
「多分全容は。ただ日を追ったら滅茶苦茶だと思いますが。」
青山がよくやったと誉めるとイルカは照れ臭そうに鼻を掻いた。
変わらない癖に、カカシの目がいとおしいとイルカを見詰める。時が戻ったような一瞬、カカシの胸は苦しい。
「じゃあ少しずつ計画を進める事にしよう。」
青山の言葉に場の空気が変わった。
二人が消えて二日、そろそろ怪しまれるだろう程に町は密な関係で成り立っている。
さて、と青山は計画を話し出す。むかいは時折イルカを訪れ、イルカに変化した影分身と酒の摘まみを買いに出る事。
森村については。
「あの、青山上忍。森村先生の家族って、いや抜け忍の方の本当の…。」
抜け忍の心配をするイルカに、青山は教えてやれとむかいに促す。
「それですが、最近疫病で二人共亡くなっていました。隣の国境で、此処からは忍び走りで半日ですね。」
「それを知って、」
「いません。知ると自棄になって自殺しますから。」
イルカの言葉を引き継ぎきっぱりとむかいが言い切った。イルカが町に現れた為に、妻子に会うだけでなく連絡を取る事すら控えていたからだったという。
「どちらにせよもう会えないの、私達は供養してあげるだけよ。」
ひかりは暗に森村の末路を告げ、イルカの握り込まれ白くなった拳を両手で包んだ。それを見てカカシは目を逸らした。
自分はイルカの手を握ってやれない、そんな資格はない。むかいはまだイルカもカカシを愛しているとは言うが、避ける素振りは拒否する以外のなにものでもない。
―だけど守る事はできる、と顔を上げて人知れず微笑んだ。
青山が続ける。森村は冬休みが始まってすぐに訪ねた妻子のいる村で、疫病に患り三人共亡くなった。勿論遺体は早急に焼かれ、持ち物も処分された。
「今日辺りは騒ぎも終息に向かう筈だ。イルカは噂で聞いて行ってみる、但し村には入れず名簿と詳細な容姿の書かれた資料で確認しただけで帰る。」
「幸いこの町は正月を重視する風習はないから、いつ訃報を届けてもいいでしょう。」
流石情報部だ、むかいが町の皆の心情を気に掛けてくれる。イルカはまた黙って頭を下げた。
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