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十五

目の前のカカシはあの時の執着を遥かに越えて、狂気を纏っている―むかいはこの半年の、カカシの血の涙を流すような後悔が溢れ出すのを感じた。
箍が外れた。
意識のないイルカの顔色は蝋細工のように血の気が失せ、このまま目覚めないのではないかと次第にカカシの身体は震え出し、意味を持たない声が零れる。
「カカシ? おい、聞こえるか?」
青山が肩を掴んで揺さぶるが、カカシには腕の中のイルカしか見えていない。
「…イルカ、イルカ、イルカ、」
片手で抱き込み空いた手で一心不乱にイルカの冷えた頬を撫で続ける。
「先輩…。」
「なあ…君は、どれだけ知っているんだ。」
青山がむかいに二人の関係を尋ねた。同じ上忍であってもカカシとは天気の話をする程度で、付き合っていたとも別れたとも噂でしか知らなかった。だから飄々として誰にも関心がない素振りだったカカシの、この姿が信じられない。
見ていた限りでは、とむかいは話し出す。
日の当たる場所で活躍しながら特命で時折闇に戻る孤高の忍びに感じてはいた、甘く香る誰かの存在。
尋ねても教えてはもらえないと思っていたが、笑ってあっさりと明かしたのがこの温かなイルカで。
正反対だから続いたのだろう、穏やかに一年あまり。
突然別れたと噂が流れイルカが姿を消し、それからはまたカカシは氷の刃に戻ってしまった。
「先輩が日記と称したうみの中忍の報告書を受け取りに出る時は、内臓が出そうな傷でも肋の骨折五本でも遠く何処にいても、たった一分の会瀬のそれだけの為に、」
鬼気迫るって正にこれなんだって目をしていました―とむかいは長く息を吐いた。
例えば前線の待機一日を養生でなくその受け取りに使い、戻って来たら失血で気絶してうわ言でうみの中忍の名前を呼んでたりしましたもん。
むかいが口をつぐむと青山がじゃあ何で別れたんだよ馬鹿が、と正気に戻らないカカシに溜め息をついた。

「ああ、もう朝だ。帰らなきゃな。」
危険な場になると予想していたからカカシを子どもに変化させた。本当の子どもは宿で青山の影分身が見ているが、目覚めには夫婦でおはようと言ってやりたい。
むかいも綱手に一旦報告に帰らなければならないが、この二人を置いていっていいものかと青山の指示を仰げば知ったことかと笑われた。
だがカカシはイルカを抱いて名を呼び続け、放っておいたら二人共倒れになりかねないとむかいは心配する。その縋る目に、仕方ないと青山がカカシを捕縛し宿へと煙を残して消えた。
「イルカ先生のチャクラが戻るまでカカシ君に面倒を見てもらうわ。」
ひかりはアカデミーでも付き合いが長く、イルカの性格を熟知している。町田と森村の抜けた後の町や学校を、何もなかったように始末するのもイルカは責任を持って最後までいたいと言う筈だ、カカシと二人ついでに悩み抜くがいい。
「立ち止まって悩んで、右へ進むか左へ進むか真っ直ぐか…二人はどの道を選ぶでしょうね。」
でもイルカ先生は飛んでっちゃうかもしれないわ、そしたらカカシ君はどうするのかしらね。
語尾を残してあっという間にひかりも消えた。
残されたむかいは薄い布団にイルカを寝かせ、後ろ髪を引かれながら小春日和の町を去っていった。

イルカが目覚めた昼下がり、人の気配に目を向ければ脇に正座するのはカカシだった。
「すみませんでした。」
頭を下げるカカシの剥き出しの顔は青痣とみみず腫で酷いものだった。
「はたけ上忍、顔が。」
呼び名の示す距離に心を痛めながら、カカシは歪んだ笑いを浮かべた。
「青山とちょっと…。」
拳で正気に戻してもらい、ついでに説教を喰らったのだ。
何気なくまだ怠い腕を伸ばしたイルカは、以前のようにカカシの頬を触ろうとして気付いた。もうそんな関係じゃない。
伸ばした手はチャクラが足りず、引っ込められる事なくぱたりと落ちた。
カカシは畳に伸びたままの腕を見て触っていいものか一瞬迷い、壊れ物のようにそっと持ち上げると布団に戻してやった。
「チャクラが戻って動けるまでには数日掛かるそうです。それまでは、オレが…。」
綱手の命令だと申し訳なさそうに顔を伏せたカカシに、イルカは嫌いになって別れた相手の面倒を見なければならない心境を慮る。
「こちらこそ、はたけ上忍のお手を煩わせてしまいました。早く回復したいと思います。」
イルカは片肘を着いて身体を起こそうとしたが、それだけで上がる息に唖然とした。本当に、忍びとして元通りになるのだろうか。
中途半端な姿勢で止まったイルカを支えて起こす為に、カカシは胸にその背中を凭れ掛けさせた。
後ろから抱き締められるのかとイルカは身体を強張らせ、離れようとしたがかえってカカシに身体を預けてしまった。
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