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十四

きょとんとしたイルカに再度綱手様がな、と言えば何故その名が出てくるのだといぶかしむ。
青山が妻を指し、苦虫を噛み潰したような顔をした。
「お前がさ、ずっといないのが変だって綱手様が何度もうちのに聞くわけだよ。」
「草は暗部の管轄じゃない、私がアカデミーを辞めて草に就くのも綱手様は当然知らなかったのよね。」
ひかりはアカデミー教師としてイルカの先輩にあたる。
五代目火影に就任した綱手だが、お付きのシズネと二人引き継ぎなしだから解らないと泣いても喚いても、決裁書類は山積みになり任務の依頼は次から次へと持ち込まれる。誰か助けてと根をあげた綱手の手を取ったイルカを頼り、漸く流れが見えた途端に何も言わずにイルカが消えたのだ。
そしてイルカが戻らぬままひかりも辞職し一家で引っ越すとなれば、綱手は木ノ葉崩しに乗じた陰謀に関係あるかと疑問を持つ。
「私達は忍びを辞めるのかイルカ先生は入れ替わりに戻るのか、なんて細かく聞かれてねえ、あなた…。」
「答えなかったら綱手様はご自分で調べて…行き当たったのが。」
夫妻は揃ってカカシを見た。
「彼は不定期だが暗部の任務を受けていた、それも火影を越えた所で。」
チャクラは首を回すだけしか戻らず、それでもイルカはカカシの顔を見る為にその腕の中で向きを変えて懐かしい顔を凝視した。
イルカの視線を避けるように、カカシは青山夫妻を無表情に見ている。
上忍が受ける依頼は時折国や里単位の巨大なものになり、当然火影が管理しなければならない。だがカカシは半月やひと月の任務の合間に、暗部の任務の為に一日だけそこを抜ける事があった。例え膠着状態で現場待機だとしても、勝手に離れていい訳はない。
綱手がいなかった何年もの間にシステムが変わってしまったのか、と探れば暗部統括の草の配備に突き当たり、ひかりとイルカの名前を見付けた。
歴代が疑問に思わず継承してきたそれを、綱手は一喝して自分の管理の元とした。
「いやもう大変だったよ。オレは情報部に配属後三日目で此処に飛ばされるし、暗部は一人ずつ其処かしこに潜り込まされるし。」
だけどセールスマンもなかなか楽しいもんだな、とむかいがイルカとのやり取りを思い出していた。
「綱手様は私達を送り出す時に必ずイルカを連れ帰れ、でないと里は崩壊するってご自分で来たいのに里を出られないもどかしさで涙目よ。」
「崩壊って…大袈裟な。半年も俺なしでやっておられたでしょうに。ただパチンコに行きたいだけですよ。」
「それだけイルカ先生が信頼できたって事でしょ。今は軟禁の執務室で花札が精々よ。」
木ノ葉に賭場はないが、小銭で楽しめるパチンコ屋は多い。綱手が行方不明になったと毎日シズネに授業を中断され、今の里を知る為に出ていたとの綱手の下手な言い訳に、その時間に捌けた筈の諸々をイルカが無給の残業となってカカシに怒られた事も数知れず。
つきりとイルカの胸が痛んだ。
カカシの独占欲が、帰宅してイルカがいないと物に八つ当たりする程酷かった。割れた食器を片付けながら、ふて寝するカカシを見て小さな生徒が先生は自分を見てくれないと癇癪をおこす姿を重ねて、怒れなかった日々が懐かしい。
「帰れますかね。」
里に戻っても、カカシと暮らした日々は戻らない。
抱かれた後に髪を梳かれる心地よさに眠りについた、あの日には二度と帰れない。
できれば此処にいて平穏な一生を送る事も許されて欲しい。綱手に自分は必要ない、仲間も生徒もいつか自分を忘れる。
忘れる―という言葉がイルカの頭をまた締め付けた。解術は成された筈なのに、と暴れるイルカを押さえるカカシは顔面蒼白で青山を窺った。
「カカシ、イルカはまだ何か封印の術を掛けられているんじゃないか。」
里で掛けられた以外の。
あ、と思い当たるのは鈴だ。先日カカシ自らが届けた封印の鈴だ。
「あの箪笥の上の箱に。」
急いでひかりがそれを持ってくる。カカシが想いを籠めた自分のチャクラを辿り見付けた鈴は、微かにちりりと鳴りながら内側から光っていた。
「お前、半端な感情を籠めやがって。」
青山がカカシを睨み、指先に青い火花を散らせながら握り潰した。
途端に四肢を振り回し暴れていたイルカは気絶し、掴み掛かっていたカカシの服からずるりと力の抜けた手を落とした。
「忘れてくれ、と思いながら忘れてくれるなとチャクラを籠めてある。忘れる―それがイルカの中に残っていたキーワードだろう。」
むかいが身を乗り出す。
「先輩がうみの中忍を捨てたんじゃなかったんですか。」
彼はカカシがイルカの日記の受け取り役を横から強奪した頃はまだ暗部におり、何故か捨てた筈の情人に執着する感情的なカカシをその時初めて見たのだ。
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