13

十三

次第に収束していく光はイルカの全身を覆い、消えたと同時に軽い破裂音がした。
イルカの目がゆっくり開かれる。場の全員が固唾を飲んでイルカを見ていた。
「此処は…俺は、」
口は重く声を出すのがやっとで、指一本にも力が入らない。目を動かせば木ノ葉の忍びと知らない顔。そして何故、カカシが此処にいて自分を抱えている。
取り敢えず起き上がらなくては、と怠い身体を動かそうとするがイルカはチャクラの枯渇に気付き呆然とした。忍びとして常に微量でもチャクラを使い生活していた為に、脳の基板はチャクラを拠り所と認識していたのだ。イルカの記憶は戻っても、半年あまり使用しなかったチャクラを溜める機能はすぐには正常化しない。
「俺は、」
いいからとイルカを手で制する見知った上忍の男が、疑問は一つずつ解いてやるからとイルカを安心させる笑い顔を見せた。
「君が急を要する状態だったから封印の術を解いたのだ。まず、自分の名前と環境は解るか。」
「…うみのイルカ、中忍でアカデミー教師、独り暮らしです。」
イルカを抱いているカカシの身体が、僅かに強張ったように感じた。俺を捨てたあんたにはもう関係のない事だろうに、と密かな笑みがイルカの片頬に浮かんだ。
ゆっくりとイルカの記憶を確認する問いが続く。
「では、我々を知っているか。」
「青山セイタ上忍と奥様のひかり中忍。それからむ、むかい、」
「むかいナギサ特別上忍だ。受付で一度しか会っていないのによく覚えていたな、流石だ。」
暗部から情報部へ出たばかりなんだ、と営業マンスマイルを見せる。
暗部、と呟いてはっとイルカの目が開かれる。
「俺の、任務は。」
「いいから落ち着け。君はこの二人を知っているか。」
漸く動かせるようになった首をその二人に向けたイルカはいいえと答えたが、何故か深く知るような気がして胸がつまる。
町田が微笑んだ。
「そんな痛そうな顔をするから、ほらその人あたし達を殺す勢いよ。」
言われて見上げたカカシは顔を逸らすがイルカを強く抱き締めたままだ。
おっと忘れていた、と青山がカカシを顎で示す。
「そうそう、そいつは?」
「カ、…はたけ上忍です。」
イルカの言葉にカカシは息を飲んだ。
―そうだ、別れたんだ、俺は何を期待する。
「馬鹿よね、あんた達は。」
町田がカカシに囁いて笑った。
記憶がなくてもこの人が何を求めていたのかあたしは知ってるの、でも悔しいから教えない。
「最後に、言い訳でもいいから聞いてあげるわ。」
ひかりが町田の手を包んだ。ありがとう、と返る。

精神の統一だけで心が読め近距離ならば相手にも思考が流せるという女は、それ故里に縛られていた。
好いた男と添う許しは得られず、宛がわれたふた回り年上の男に暴力を受けながら子を成すまでは監視される生活で、監視役の森村と逃げて流れ着いたのがこの町で。
突然イルカの頭に流れ込んだ町田の思考。
微笑む町田を見れば更にイルカに流れ込む、それからの様子。他の者達も町田を見詰めるのは、彼らにも思考が流れているからだ。霧の里が利用したいと思うのも無理からぬ事だと、それぞれ苦悶の表情をしている。

森村は妻子を盾に脅されて監視役に就いていた。
一つの役目は終われど次にはまた辛い役目が待つだろう、そして妻子は一生人質状態だ。見切りをつけた里への偽の忠誠に、片足の腱を切り油断させて先に妻子を旅行先から逃がしていた。
忍びではない妻と幼い子は見付かればすぐに殺される。まずは一般人としての生活の基盤を作るべきだと町田の提案に乗って、連絡も絶ってひっそりと何年か。霧の里から追っ手は現れず、潜めていた息を吐いてもいいだろうかと目処を付けた矢先だった。
町田も姿を変えてこの町に馴染み、やり直せたと喜んでいた。その安心が木ノ葉の草に霧の抜け忍と知られ、相談に乗るという一家の親切心が疑心暗鬼の二人に仇となったのだった。
木ノ葉の里に二人の情報は行ったかもしれない、一家も殺してしまったし―とまた恐怖に晒されて。

無言で木ノ葉の暗部に連行されていく二人。情状酌量は多分ないだろう。
霧の里に引き渡されるのか木ノ葉の里で処分されるのか、ただ追われる事への恐怖は二度とない。
「あの二人、わざと我々に捕まったか。香りなんて判り易すぎるし、心が読めるなら隠し通す事は容易い筈だ。」
青山の冷静な声が遠い。
「イルカ先生は、此処での記憶はいらないでしょうね。」
荒波ナガレの記憶など欲しくない。きっと彼らとは懇意にしていた、思い出にできない。
「俺には、覚悟がありません。」
「だろうな。しかし、綱手様の聞き取りがあるから、」
綱手という思いがけない人物の名が出て、イルカは青山の顔を見詰める。
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