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十二

一家は幾つか物件を見て回ったが、やはり町田の部屋の下が気に入り翌週には荷物が届くように手筈も整えて、何かと世話をしていたイルカも安堵した。
その週末の昼近く久し振りに、友人という位置付けになった新町の不動産会社の社員がイルカを訪ねて来た。
一家の父親とはかつて仕事の取り引きで世話になった、この町に越してきたと会社に連絡をもらったから休みを取ったのだと、手土産を抱えそわそわしていた。
「荒波さんもお知り合いだなんて縁を感じますよね。嬉しいです。」
「そうですね。いらっしゃらないかもしれませんが、宿にご案内しましょうか。」
「是非!」
喰らい付くように返事が返り、そんなに会いたいかとイルカは笑った。その思いが通じたか、仮住まいの旅館に案内する途中で父親に行き合い世間は狭いと二人は再会を喜んでいる。
「一つめの宮に住む人という、神社関係の珍しいお名前でしたから覚えておりました。」
「いちみやうち、なんて早口言葉みたいで子どもは嫌がりますけどね、そういう貴方は宮を守る宮乃守さんでしたものね。」
抱き合う程親しかったのかとイルカは驚いたが、五年振りだという男達は友情を確認するように暫く目で語り合っていた。
父親は営業から直帰だと解りそのまま再会の酒宴となる。酒は人数が多ければより楽しいと、何故かイルカの部屋に宮乃守と一宮内親子三人が集まって更に町田と森村も後から合流すれば、畳の部屋では入りきれず男達は台所の木の床に座り大騒ぎだ。日付が変わっても勢いは止まらない。
「あら寝ちゃったわ。」
「いいですよ、俺がやりますから。」
寝入ってしまった子を部屋の隅で布団にくるみながら暫し添い寝していたが、イルカも溜まった疲労が酒に溶け出し瞼を閉じては開ける繰り返しだった。
そこへ突然後ろでがたんと大きな音がして、イルカは飛び起き無意識に背中に子どもを庇った。
「この香り、…殺す気かっ!」
ひっくり返ったちゃぶ台から転がった湯飲みやコップ、零れて甘く香る液体はふわりと蒸発していった。
一宮内の声に皆が立ち上がった。よく知っている筈の仲間と親達が、目の前で尖った武器を持ち睨み合っている。
彼らは誰だ―。
「イルカは動くなっ。」
自分に向けて言い放つ、その名は。
イルカ? 誰の事だ?
「やはりお前らも木ノ葉だったか。こんな田舎に引っ越して来る物好きはいないからな、変だと思ったんだ。」
おっとりした森村の目が鋭く光り、口の端で笑っている。町田がその後ろで両手に針金のような紐を持ち、足先の向きを変えて自分に狙いを定めたのがイルカには見えた。
「イルカ先生には手を出さないで、私達が相手よ。」
母親がイルカの前で手を広げて庇うように立つ。
俺か、イルカとは俺の事か。
酷く混乱し、イルカは現実が把握できない。ただ子どもだけは守ろうと後ろを気にしていた。
「折角木ノ葉の里の目的を聞き出す寸前までいってたのにな。」
森村が破いて捨てた己れの服の下には、特徴的な鎖帷子が見えた。
「霧、か。里ぐるみで何をする気だ。」
一宮内は冷静に間合いを取りながら、相手より先に飛び出す機会を探す。
「あたし達はね、ただ人として生きたいだけなのよ。ほっといて。」
町田の声が慟哭に変わる。
「お二人共抜け忍ですよね。残念ですが、木ノ葉の暗部が外に二十程おりますので諦めてください。」
宮乃守が間に割って入り、座れと穏やかに指示をする。
「うちの里の草を殺し、イルカを引き入れてまで?」
町田は人として生きたいと言いながら、愛に溢れた家族五人を殺し砂上の楼閣に生きている。
抜け忍である限り平和な余生は決してないと知っていても、谷から這い上がろうと足掻き続けるのだ。
「だってあの夫婦にバレたのよ。相談に乗ってやるなんて言って霧の里に売るに決まってる、口封じは当たり前でしょ。この人は全部忘れる為に自分から任務に就いたみたいだし、木ノ葉の里が捨てたならあたしがもらってもいいじゃないの。」
町田に悪びれた様子はなく、胸を張り堂々と理由を述べる。逃げられないと腹を括ったのだろう。
イルカはいつの間にか目覚めた子どもに腕を引かれ、輪の中に座らされた。
「イルカ先生、術を解くよ。落ち着いてね。」
子どもに抱き締められたかと思ったら、イルカは広い胸に顔を埋めていた。
「な…に?」
「大嫌いな男でしょうが、我慢してて。」
ぎゅうと締め付ける腕が心地よい。だがその顔を見る前にイルカは激しい頭痛に襲われた。
「早く!」
「解きますから、はたけ上忍はイルカの身体を抑えてください。」
「結界か?」
「イルカだけを包んで。いきます、解!」
一宮内と守乃宮が広げた巻物に手をかざし、部屋には白い光が溢れ出した。
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