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3 イルカ
落ち込んだ。色んな意味で落ち込んだ。
まず、カカシさんが浮気なんかしないってのは分かってる。あの人がうろたえたのは、かなり積極的に迫られて、かといって拒否して傷付けるような事もできないからだ。
自宅の前でご飯の材料を持って待っていたり、お弁当を差し入れたり、お土産をあげたり。でもいつもごまかすように逃げるだけだから、女性は更に追い掛けたりする。恋する乙女達はなかなか諦めないもんだ。
一昨日も、カカシさんに抱きついて目を潤ませた茶髪の女の子に、一瞬油断して身代わりの術を使えなかっただけの話だし(その場に居なかったオレがなぜ詳細を把握しているかなんてのはまた別)。
オレたちは人から見れば、友人にしては異常なほど近いだろう。今までは、隠してもいないが公表してもいない程度の接し方を見せていたと思う。
…思い出した。もう一般の人達にもバレバレなんだった。今日はクラスのこども達に馴れ初めを聞かれたっけ。女の子はこの手の話が大好きだ。いや、もしかしたらオカーサマ方の差し金か? 保護者会の時にオレが質問を切り上げて終わりにしたからか? こども達が一斉にメモを取り出したのはオレの気のせいじゃないよな…。
カカシさんが帰ってしまった後の受付で、オレは一人黄昏れていた。
あっ、財布! はっと気付いて握りしめる。持ち帰りはしたが結局オレは何も買えず、染み付いた貧乏人根性に嫌になっていた。
だって改めて見たら、二つ折りのはずがパンパンに膨らんで折り切れず広がる。全部札。今朝の新聞折り込み広告の、新築マンション20階建て最上階南向き角部屋の礼金敷金最初のひと月分家賃纏めて払える程は入っていたんだから。さっきもカカシさんは足りなかったら下ろして、とキャッシュカードを渡そうとしたから断ったんだ。
だめだ、また落ち込んだ。
「おい、ちょっと早いけど帰れ。欝陶しくてたまらん。」
「そうする。お先に。」
オレの目の前の真っ赤な夕日は、目に染みて痛い。
夕日を背に、商店街をとぼとぼ歩く。カカシさんの猫背ってこの位だったっけ、とガラスに映る自分の影を見ながら、疲れた(もうすぐ)三十男の悲哀に、いかんと背を伸ばす。
さて何を買おうかと考える。おつまみを宜しくと言ってたから、酒の仕度はしてくれるのだろう。食事にもなるようなモノを、バランス良く。おっと、人の財布だからとつい買い過ぎそうになる。気を緩めてはいけない。
ひと通り買い終わり、このままカカシさんの家へ向かうか、荷物を自宅に置きに帰るか迷って立ち止まっていたら、オレのクラスの子らの母親集団に見つかってしまった。
ごく普通の一般人(家がごく近所だ)と、任務関係の事務員(受付のオレの後ろでよく書類を纏めている)と、中忍(昔よく組まされしかもオレの友達の奥さん)と、行きつけの食堂(カカシさんと毎週二人で行く)の店員、という実に恐い面々だった。捕まった…。
イビキさんの拷問とどちらを選ぶかという質問なら、オレは腹踊りを選ぶ。いや違うだろう、額に肉とかいても許す。いやそれも違う。駄目だ、動揺が、どうよう?、だあぁぁぁ毒が回ったか! くっ苦しい助けてくれ…。
一瞬意識がとんだ後、気が付くとオレは拉致され、甘味屋の奥座敷に転がされていた。しかも両手は後ろに回され、親指同士を鋼糸で縛られていた。
「声を出さないで。今餡蜜スペシャル二段重を注文してあげたから、ゆっくり食べてね。楽しくお茶しましょうよ。」
「えっ? あ…どうも、有り難うございます。」
何だよ! また一人増えてる! この店のおかみさんかよ! って、オレのクラスの子のうちだもんな。
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