4


ふわっと空気を変えたカカシの笑みに見とれて、イルカの頬が熱くなった。
「それは良かった…んですよね。女性達が離れた理由は、その、カカシ先生がゲイだという噂からなんですか。」
この一ヶ月の間に、カカシが女性達にどんな対応をしたかはイルカも知らない。だが自分と付き合っている振りをするだけで効果が出たなら、引き受けた甲斐があったというものだ。
「それに、何で俺だったのか結局聞いてないですよ、ふざけないでいい加減教えてください。」
何故かカカシはイルカを相手に選んだ理由を尋ねる度に、話を逸らし誤魔化してきた。もしかして実はS級任務なのかとイルカは勘繰り、火影の山積みの書類整理を手伝う振りをしてこっそり調べてみたが、過去三ヶ月を遡ってもカカシには下忍達との任務しか拝命されていなかった。木ノ葉の里も周辺も今は平和なのだ。
「だって弾除けを女に頼んだら、そのまま結婚させられちゃうでしょ。好きでもないのに一緒に暮らせない。」
少し苛ついたように見えたが、聞いておかなければとイルカはカカシに食い下がった。
「では年寄り達の選んだ人と籍だけ入れるとか、せめて好みの人に頼めば本気になったかもしれないじゃないですか。」
と言ったイルカは瞬時にカカシの機嫌をどん底に落とした事を知る。
「酷い事を言うね。」
カカシはイルカから顔を背け、居酒屋の代金をテーブルに叩きつけていきなり帰ってしまった。
残されたイルカは考える間も無くその金をズボンのポケットに突っ込み、自分の財布から代金を支払い慌てて店を出た。

街灯のまばらな道に、既にカカシの姿は見えない。肩で息をついて、イルカは何がカカシを怒らせたのか理解できないまま立ち竦んでいた。
悲しそうな、辛そうな顔だった。俺といる時はいつも笑っていてくれたのに、俺は何かしでかしたのか?
イルカはカカシの家に向かい走り出した。程なくカカシを見付け、名前を叫んで呼び止める。
「カカシ先生!」
カカシは振り返らなかったが、立ち止まった。イルカが追い付くまで待っている。
ごめんなさい、とカカシの正面に立ったイルカは真っ直ぐ目を見て言った。
「俺がカカシ先生を怒らせたんでしょうが、理由を言ってくれないと俺はどうしたらいいのか判りません。」
カカシが勝手に怒っただけだ、イルカのせいではない。けれど恋人の振りを誰か他の人に頼めば良かったのに、と何度も言われ、更には結婚してもいいではないかとまで言われては我慢も限度があったのだ。
「だって、オレは、」
あんたに片想いしてるんだから。
それなのに、他の女と結婚すればいいなんて、残酷な言葉を笑顔で吐くのが辛かったんだ。
「噂通り、男が好きなんですよ。」
「えっ。」
イルカが瞠目し、顎を引く。
そうだよ、それが普通の反応だよ。
「たまたま好きになった人が男だったって事だけど。」
それがあんただよ、イルカ先生。
「と、女達に言いました。」
途端にイルカが息を吐いた。
「驚いた、ホントっぽい。それなら皆諦めますね。」
あはは、と無邪気に笑うイルカが憎くさえ思える。悔しくて、カカシはイルカの首にぎゅっと抱き着いた。
「なっ、」
イルカが慌てて引き剥がそうと胸を押す。
「黙って、人が来る。」
身長差が殆どないから、カカシの囁きはイルカの耳に直接響いてきた。低く艶やかな声に何故かイルカは膝の力が抜け、カカシの背中にすがってしまった。
「恋人の振りをしてくれるんでしょう?」
吐息に擽られた耳が赤くなるのが自覚でき、イルカは言葉が出ない。
「オレは酔ってますから。」
演技をしろというのか。
だが男が好きなんですよ、とさっき言ったカカシの顔は嘘を言っているとは思えなかった。聞いちゃいけない言葉を聞いたような気がしてイルカは笑って流したのだが、今この状況ではどうしても意識してしまうではないか。

脇を通るのは忍びだ。多分どちらかのいや双方の知り合いだろう、声を抑えた会話にカカシとイルカの名前が聞き取れた。微かな足音は三人か。
カカシとイルカの抱擁は、明日には噂ではなく事実として見聞したと広まる。
まあいいか、とイルカはカカシの背中の腕に力を籠めた。任務の義務感ではなくカカシを捨てておけない気がしたのは、何かを汲み取ってしまったからだ。

カカシは三人の気配が消えるまで、イルカの肩に顔を埋めて微動だにしなかった。ごめんね、と掠れた声でイルカに謝って身体を離しても、顔を上げないままに立ち去ろうとする。
「忘れてたけど、ひと月分の任務料を明日払います。あともう少しだけ付き合ってくれたら、終わりにしますから。」
俯いたままで、イルカには何も言わせずあっという間にカカシは消えた。
スポンサードリンク


この広告は一定期間更新がない場合に表示されます。
コンテンツの更新が行われると非表示に戻ります。
また、プレミアムユーザーになると常に非表示になります。