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そうして翌日から二人は恋人の振りをし始めたが、いきなりベタベタするのはわざとらしいとイルカが抵抗したために、小出しに仲の良さを見せていくことになった。
まずはイルカの出勤に合わせてアカデミーまで一緒に歩き、校舎の前で別れるとカカシは上忍師の任務か上忍待機所に向かう。
初日に実は今日の任務は午後からだと言うと一緒に来る必要はないと怒られたが、カカシは恋人の務めだと胸を張ってイルカを脱力させたのだ。そしてイルカはカカシの要求の大半は飲むようにした。なにしろこれは任務なのだから。

カカシが上忍師の任務だけの日は大抵夕方には終わるため、イルカをアカデミーか受付所に迎えに行く。
一週間の内に四日もそんな光景を目にして、まずはイルカの周囲から噂が立ち始めた。
真っ赤な夕日が落ちていくのを並んで見ながら正門を出ると、イルカが立ち止まって大きな息をついた。
「今もずっと職員室から見られてました。噂が立ち始めたようです。」
「うん、視線が痛いくらいだね。迷惑だよね、ごめん。」
肩を寄せ合うようにして会話をする。聞き耳は何処にでもあるだろう、人の気配がなくとも気を抜けない。
「まあ俺は元々カカシ先生と親しいからあんまり不審には思われないけど、いやそれじゃカカシ先生が困るのか。」
「え、え、イルカ先生はオレと親しいと思ってくれてたの。」
くすぐったいような嬉しさにカカシの目が細められた。口布の下の頬は赤く染まっていると自覚がある。
「あ、いやご迷惑ですよね。」
ほんの僅か俯いたイルカを、迷惑どころかカカシを甘やかすように優しくそして一歩引くその謙虚さもいとしくて、抱き締めたい衝動を抑えるのが大変だ。
「まさか。いつもしつこく誘っても来てくれるし、ましてこんな無茶な頼みも聞いてくれて、オレの方こそ迷惑だろうと思っていたのに。」
お金のために我慢してくれているのかは判らないが、イルカの言葉はたとえ本心でなくても嬉しい。
「ありがとうね。」
カカシは泣きそうな顔をイルカに見せないように前を向いた。充分報われている片想いだ。
「でも、いつまで振りをしていればいいんですか。」
それが問題なんだよね、とカカシは頭を掻いた。
「イルカ先生が男好きなんて思われちゃ、彼女もできなくなるしね。」
「あーそれは考えてませんでしたね。でも当分彼女はいらないし、困ってるカカシ先生を優先しますよ。たいした事じゃないです。」
何でそんなに優しいの。諦められないじゃない。
口の中が乾いて喉がひりひりと痛いのに、手のひらは汗をかいている。カカシはまた、ありがとうとだけしか言えなかった。
お互いの家への別れ道、不意にイルカがカカシの両手を握った。
「俺には話せない事もあるんでしょうが、できる限り頑張りますから。」
温かな手がカカシの冷たい指を温め、これ以上を求めるなと留まる心と、もっと欲しいと求める心がせめぎ合う。
こんな猿芝居をいつまで続けるのか、歯止めはいつまで効いてくれるのか。終演の合図は誰がどうやって鳴らすのかも考えず幕を上げてしまった自分が悔やまれる。
仄かに温まった指は家まで持ちそうになく、カカシはイルカと別れたその場で塀にもたれ掛かりずるずると滑り落ちるに任せ、座り込んだまま暫く握った両手を大事に抱えていた。

ひと月の間に噂はまんべんなく広がった。
だが内容は様々で、イルカが極秘任務の補佐をカカシにさせている、またはその逆、二人は付き合っている、イルカがカカシに弱みを握られている、などだった。
流石忍びだ、推測とはいえ当たらずとも遠からずの内容を聞いた時には、二人は顔を見合わせて苦笑いした。

「カカシ先生、状況は変わりましたか。」
居酒屋でテーブルに着いた肘に頭を乗せて、イルカはこっくり舟を漕いでいた。
「んーそうねえ…。」
いつ頭が落ちてテーブルにこんにちはになるかとカカシは気が気でない。
「気心の知れた奴らは何の遊びだとか、どっちが掘ってんだとか、なかなか笑えない事を突っ込んでくるよ。」
「ほっ、掘るって、」
途端に覚醒したイルカは、飲んべえ達の喧騒に負けない大声を出し、慌てて口を手で押さえた。
男同士の閨なんて考えた事もなければ、カカシの嗜好を疑った事もない。
だが恋人なら男同士でも身体の関係はない筈がない。
「経験あるの?」
「ありませんっ!」
「じゃしよっか。」
「じゃなくて、状況はっ!」
からかうカカシをイルカは上目に睨む。
ゲイに目覚めたんだと突っ込んで聞いた奴に答えたら、幸せにしてやれと本気にされた。イルカには悪いがこのまま突っ走りたい気がする。
「そういや周りに女がいない、かな?」
カカシはイルカだけに、最上級に幸せそうな笑みを見せていた。
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