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カカシのアパートはシングルベッドが半分を占める寝室一つに、その倍はあるリビングと繋がったダイニングキッチンがあるだけだった。
イルカにベッドを明け渡したカカシはリビングの大きなソファに寝転んだが、イルカが自分のベッドに寝ている状況では眠れる筈もない。
漸く明け方に軽く眠りにつき、ふと傍らの人の気配に目を覚ませば朝も早くはない事を太陽の位置で知った。そしてイルカが側に正座してカカシを見ている。ぎくりとしたが、平静を装い身体を起こしてイルカに笑い掛けた。
「おはよう、よく眠れましたか。」
困ったような笑い顔でイルカも挨拶を返した。
「おはようございます。すみません、ご迷惑をお掛けしました。」
床に頭を擦り付けそうに何度も謝るイルカを、カカシは可愛いなぁと見入ってしまった。
「まあ仕方ないじゃない、熟睡してたし。男同士なんだから気にしないでよ。」
無理矢理吐いた言葉は自虐だ。イルカにはカカシに何の感情もない筈だから、気安い仲間意識だと思われていい。
翌日は休みだと聞いて残業の後でいいからと約束を取り付け、カカシも探索任務を切り上げて落ち合ったのだ。時間を気にしないでいいと思って気が緩んだ結果だから、たまには羽目を外すのもいいじゃないかと笑ってやる。
せめて朝ごはんを作りたい、とイルカが申し出てくれた。カカシは三食きっちり取る習慣がないため迷ったが、イルカのしてくれる事は全て受け入れたいから頷いた。
「でもオレは料理しないから、備蓄はろくな物がない筈です。」
立ち上がってカカシは作り付けの食糧庫の扉を開け、イルカに指し示した。上忍師として下忍達と任務で行った先々から貰った沢山の乾物が、期限も見ないままに忘れ去られていた。
「カカシ先生の彼女は此処へは来ないのですか。」
賞味期限を確認するために一つ一つ袋を裏返しながら、イルカはあっさりと言う。
「誰も来ないよ、イルカ先生が初めてだよ。勿論夜を一緒に過ごしたのも。」
なっ、とイルカが振り向いて目を見張る。
「何ですか、誤解されるような言い方して。」
あんたが酷い事を言うからだよ、とは言えないがカカシは不機嫌を隠さずイルカを見た。
「だからゆうべお願いしたんじゃない。」
は?…と訝しげなイルカにゆうべの状況を説明し、ゆっくり思い出させる。
腕を組んで思い出そうと頭を左右に傾げるが、結局何処かに付き合わなきゃいけないんだとしか思い出せないイルカだった。
「あのねーちゃんと聞いてよ。個人的にお願いしたの、付き合ってる恋人の振りを。報酬は相場の倍払うからって。」
恥ずかしさにイルカの顔が見られない。酒の勢いでつるりと言えた事が、朝っぱらから二人きりの部屋の中ではこんなにも言いづらいものか。
「イルカ先生も解ると思うけど、縁談とかさ、女達がね…。」
カカシはわざと溜め息をつき、もういい年だからって皆がしつこくて、と眉を寄せて困っている表情を作る。
「解りますけど、カカシ先生は素敵な女性を選り取りみどりでしょうに。」
「それは名前に食らい付いて来るだけですよ。」
カカシは否定したが、こうして見る素顔は男らしく整っているとイルカはその言葉を否定したい。
優れている人はそれが当たり前だから自分の立場が判らないって、本当なんだなあ。
聞こえない程度に愚痴りながら、イルカは冷蔵庫を開けた。かろうじて萎びかけた野菜が何種類か見付かったので、それらを炒めることにする。
「五穀米は嫌いですか。」
イルカが乾物の間から見付けた袋をカカシに見せた。田舎の何でも屋的な商店の店終いの大掃除で貰ったのだと思い出した。
「あんまり好き嫌いはないから大丈夫。うん、貴方が作ってくれるなら何でも食べますよ。」
優しい囁き声にイルカの顔が赤くなった。
「俺に言う台詞じゃないでしょう。」
乱暴に調理を始めたイルカが、自分を意識してくれたのだとカカシは嬉しくなった。
「だって恋人には優しくなっちゃうし、甘えたいし。」
イルカの横に立ち、カカシはその顔を覗き込んだ。勿論最上の微笑みをたたえ首を傾げて、残った酒気と混じる体臭をさりげなく嗅ぎながら。
近い、とたじろいでイルカが一歩後退した。
「いやまだ、俺は承知してませんから。」
イルカは食器棚にぶつかり、きょろきょろと逃げ場を探した。棚に背を預けたまま、カカシの反対方向に逃げようと擦り足を始めたイルカの進行方向に、男前の笑顔がひょいと現れた。
「えーゆうべ承知してくれたじゃない。」
「嘘だ、俺は言った覚えがない。」
「オレは聞いた覚えがあるんですけど。」
「しょ、証拠がない。」
「じゃあ命を賭けて火影様に誓って。」
起爆札を出しそこまで言われて、人の良いイルカは断れなかったのだった。
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