アオのさっぱりした様子を見てカカシもイルカももう一度風呂に入り直したいと思った。
だが大して汚れてはいないから着替えて寝てしまおうと、イルカはさっき脱いだ着物二人分をまた手に取った。
「カカシ先生、また風呂に行きますか? 俺は風呂で寝そうなので明日の朝にします。」
「いやオレもいいよ。」
カカシも湯船で寝てしまうなと思い着物を受け取った。実際二人とも既にとろりと目付きは怪しい。
その様子に久々に母親の顔を見てくるわと立ち上がったアオは、イルカと握手を交わしカカシに深々とお辞儀をした。
「明日か明後日にはまた向こうに帰らなきゃならないからさ、サギとも次に会えるのは白髪になってからかもしれないし。」
次には生きて会える保証もない。けれど運が良ければ忍びを引退した後に、縁側に二人で並んで日向ぼっこができると思っていたいのだ。
草であるアオはたまたま今回反逆者の首領としてだが、故郷の木ノ葉の里に侵入という形で戻ってきた。帰れるのかと訝しみ顔を見合せたカカシとイルカに、アオはへへっと諦めたような笑いを零した。
「僕はね、太るか痩せるかして日焼けで真っ黒になって髪を染めて髭を生やし、カラーコンタクトレンズも使って別人になる。意外と皆解らないと思うよ。僕、アオは反逆者の首領だから処刑されてもう既にこの世に存在していないしね。」
なっ、と思わず出たイルカの声の後に続く言葉はなかった。
「勿論親父も反逆者の親だから、連行されて今は里に帰ってる。で、親父も処刑された事になり顔を変えて僕とは別に町へ入り新たな生活を始める。」
草とはそこまでしなければならないのかと、眉を八の字に変えたイルカはパクパクと魚のように口を開いたり閉じたりするだけで。
「……いいの?」
「ええ、はたけ上忍。親子四人が生きている、これを幸せと言わずして?」
「そう、だね。」
何度も修羅を潜り抜けてきたカカシだから肝は座っているけれど、草の一族の運命に思わず溜息が出る。
じゃあ、元気で──。
それだけ言うと、イルカはアオから顔を背けて畳の縁に目をやった。金糸銀糸を織り込んだ縁は、よく見ると波のうねりの模様になっていた。
縁を見詰めたままでもアオが去っていった事は気配で知れる。歯を食い縛ればカカシの手がイルカの肩に掛けられ、ぐいと引かれてよろけた。硬いが温かな胸に頬が当たり、何を思うより前に抱き締められた。
「ちょっとだけ、オレの為にこうしていて。」
顔を上げようにも腕にくるまれていて無理だ。カカシの力はさほど入ってはいないが、イルカに抜け出す気はなかった。今回は規模の割に死傷者が少なかったが、心はそれなりに疲弊している。カカシが様々なジレンマを抱えて泣きついてくる生徒のように思えて、自然に口元が綻んだ。目を瞑ってカカシの穏やかな胸の鼓動が心地よかった。
穏やかに無言の時間が流れる。やがてカカシの胸からすうすうとイルカの寝息が聞こえ、カカシは目まぐるしい程に忙しかったイルカに感謝と謝罪の言葉を呟いた。イルカを抱いたまま尻と膝でゆっくり移動し、押し入れに近付くと中から布団を引きずり出す。転がしても起きないイルカにふっと微笑み、カカシは布団を掛けて立ち上がった。
だが膝がかくりと折れて膝を着く。袖を強く握り締められていたのだ。
寝息は規則正しく、けれど寝入っているにしては指の力は強い。無理に剥がす理由もなく、カカシも眠くなってきているのでイルカの横に寝転んだ。ぎりぎり布団の端だが、掛布団を引き寄せれば身体はなんとか納まった。
術を使って部屋の明かりを消す。障子を通して庭の灯篭の中の蝋燭が風に揺れているのが見えた。
イルカに背を向けた状態で布団に潜り込んだからか、寝返りを打ったイルカがカカシの背に額をこすり付け身体を寄せてきた。予期せぬできごとに少し慌てる。
動けば起きるかもしれない。起きないかもしれないが、カカシは躊躇った末に一度大きく息を吐いてそのままでいることを選んだ。
カカシの袖を握っていた手はもう解けてはいたが、何本かの指が手首に触れていた。もう大丈夫だろうとほんの少し腕を引くと指が追いかけてきた。
「しょうがないね。」
その指を包むように軽く握ってやれば、驚いたことに手のひらを合わせカカシの指の間に指を滑り込ませてきた。そのまま指を折り込んでしっかりと握る。背中に感じるイルカの気配は深く眠ったままだ。試しにカカシも握り返せば反射的にイルカも力を込めてきた。
カカシは身体を捻って腕を後ろに落としている。布団とイルカの体温の相乗効果で今すぐにでも眠れるが、正直に言えばあまりよろしくない体勢でひと晩をすごしたくない。仕方なくイルカに向き直り、片手を繋いだまま寝やすい位置を探して目を瞑った。
微かに石鹸の香りと人工的な花の香りがしたが嫌ではない。そこでカカシの意識は途切れた。
だが大して汚れてはいないから着替えて寝てしまおうと、イルカはさっき脱いだ着物二人分をまた手に取った。
「カカシ先生、また風呂に行きますか? 俺は風呂で寝そうなので明日の朝にします。」
「いやオレもいいよ。」
カカシも湯船で寝てしまうなと思い着物を受け取った。実際二人とも既にとろりと目付きは怪しい。
その様子に久々に母親の顔を見てくるわと立ち上がったアオは、イルカと握手を交わしカカシに深々とお辞儀をした。
「明日か明後日にはまた向こうに帰らなきゃならないからさ、サギとも次に会えるのは白髪になってからかもしれないし。」
次には生きて会える保証もない。けれど運が良ければ忍びを引退した後に、縁側に二人で並んで日向ぼっこができると思っていたいのだ。
草であるアオはたまたま今回反逆者の首領としてだが、故郷の木ノ葉の里に侵入という形で戻ってきた。帰れるのかと訝しみ顔を見合せたカカシとイルカに、アオはへへっと諦めたような笑いを零した。
「僕はね、太るか痩せるかして日焼けで真っ黒になって髪を染めて髭を生やし、カラーコンタクトレンズも使って別人になる。意外と皆解らないと思うよ。僕、アオは反逆者の首領だから処刑されてもう既にこの世に存在していないしね。」
なっ、と思わず出たイルカの声の後に続く言葉はなかった。
「勿論親父も反逆者の親だから、連行されて今は里に帰ってる。で、親父も処刑された事になり顔を変えて僕とは別に町へ入り新たな生活を始める。」
草とはそこまでしなければならないのかと、眉を八の字に変えたイルカはパクパクと魚のように口を開いたり閉じたりするだけで。
「……いいの?」
「ええ、はたけ上忍。親子四人が生きている、これを幸せと言わずして?」
「そう、だね。」
何度も修羅を潜り抜けてきたカカシだから肝は座っているけれど、草の一族の運命に思わず溜息が出る。
じゃあ、元気で──。
それだけ言うと、イルカはアオから顔を背けて畳の縁に目をやった。金糸銀糸を織り込んだ縁は、よく見ると波のうねりの模様になっていた。
縁を見詰めたままでもアオが去っていった事は気配で知れる。歯を食い縛ればカカシの手がイルカの肩に掛けられ、ぐいと引かれてよろけた。硬いが温かな胸に頬が当たり、何を思うより前に抱き締められた。
「ちょっとだけ、オレの為にこうしていて。」
顔を上げようにも腕にくるまれていて無理だ。カカシの力はさほど入ってはいないが、イルカに抜け出す気はなかった。今回は規模の割に死傷者が少なかったが、心はそれなりに疲弊している。カカシが様々なジレンマを抱えて泣きついてくる生徒のように思えて、自然に口元が綻んだ。目を瞑ってカカシの穏やかな胸の鼓動が心地よかった。
穏やかに無言の時間が流れる。やがてカカシの胸からすうすうとイルカの寝息が聞こえ、カカシは目まぐるしい程に忙しかったイルカに感謝と謝罪の言葉を呟いた。イルカを抱いたまま尻と膝でゆっくり移動し、押し入れに近付くと中から布団を引きずり出す。転がしても起きないイルカにふっと微笑み、カカシは布団を掛けて立ち上がった。
だが膝がかくりと折れて膝を着く。袖を強く握り締められていたのだ。
寝息は規則正しく、けれど寝入っているにしては指の力は強い。無理に剥がす理由もなく、カカシも眠くなってきているのでイルカの横に寝転んだ。ぎりぎり布団の端だが、掛布団を引き寄せれば身体はなんとか納まった。
術を使って部屋の明かりを消す。障子を通して庭の灯篭の中の蝋燭が風に揺れているのが見えた。
イルカに背を向けた状態で布団に潜り込んだからか、寝返りを打ったイルカがカカシの背に額をこすり付け身体を寄せてきた。予期せぬできごとに少し慌てる。
動けば起きるかもしれない。起きないかもしれないが、カカシは躊躇った末に一度大きく息を吐いてそのままでいることを選んだ。
カカシの袖を握っていた手はもう解けてはいたが、何本かの指が手首に触れていた。もう大丈夫だろうとほんの少し腕を引くと指が追いかけてきた。
「しょうがないね。」
その指を包むように軽く握ってやれば、驚いたことに手のひらを合わせカカシの指の間に指を滑り込ませてきた。そのまま指を折り込んでしっかりと握る。背中に感じるイルカの気配は深く眠ったままだ。試しにカカシも握り返せば反射的にイルカも力を込めてきた。
カカシは身体を捻って腕を後ろに落としている。布団とイルカの体温の相乗効果で今すぐにでも眠れるが、正直に言えばあまりよろしくない体勢でひと晩をすごしたくない。仕方なくイルカに向き直り、片手を繋いだまま寝やすい位置を探して目を瞑った。
微かに石鹸の香りと人工的な花の香りがしたが嫌ではない。そこでカカシの意識は途切れた。
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