青白い夜明けの色が障子を通して見え、カカシは小さな欠伸の後に細く長い溜め息を吐いた。断続的に浅い眠りを数十分ずつ、何故里の中でも特に安全と思われる屋敷のこのひと部屋で繰り返さねばならなかったのだろうか。
「あんたのせいだってのにさ。」
布団の反対の端でカカシに背を向けて眠っていたイルカが、夜明け前に寝返りを打つとまさぐるように手を伸ばしてカカシの襟元を握った。
昨夜眠る時には指を絡めて手を握られていたが、今はなんだか喧嘩を吹っかけられているように胸倉を掴まれている。イルカの寝相がいいのか悪いのか判断はつきかねるところだ。
寝相はともかく先程からくうくうと鳩が鳴いているような軽いいびきが可愛らしく聞こえていて、あどけない寝顔に良く似合うなとカカシの頬が緩んだ。
もう少し眠れるだろうかと壁の時計を見る。
今回の事件を纏めた書類に目を通した三代目からの呼び出しは、おそらくイルカ先生を労る為に昼近くになる筈だ。オレの方がチャクラ量は少ないからオレ基準で夕方にしてくれると嬉しいんだけどねえ。
「なんだか男と同衾するのも先生なら悪くないね。いや、大歓迎かな。」
微笑みながら熟睡するイルカに話しかけ、カカシはもう少し布団の真ん中へと身体をずらす。イルカとの距離を縮め、背中に片手を回して抱き込んだ。
起きた時の反応が楽しみだとほくそ笑みながら、わざわざ額を突き合わせて喩を閉じる。
世間で朝と呼ばれる時間を暫しすぎた頃、うぁと出かかった叫び声を両手の平で喉元に押さえ込んでイルカははっきりと目を覚ました。
何故、と真っ先に疑問が湧いた。何故カカシが自分を抱き込んで眠っているのか、とそこで思考が止まる。
突然カカシの右目が開いた。器用に左目は閉じたままで右目だけに感情を乗せる。嬉しそうだということがイルカにも判る程に。
「おはようございます。」
「おは、おはようございま、す。」
動揺したイルカは起き上がろうとして全く動けず、そこでカカシの腕が自分の身体を抱き留めていることに気付いた。イルカの視線の先の自分の腕を見ても、カカシは全く気にしない。
「あ、これ? 寝返りを打った先生がオレの襟を掴んで寝てたからこの手のやり場がなくってね。その信じられないって顔、自分の寝相は知らなかった?」
「いえ仲間達と雑魚寝する時にいつも聞かされてましたが、まさか……。」
本当にそんなに酷いんだ、とぽそりと呟いてイルカは手で顔を覆った。耳は真っ赤に染まっている。
カカシを意識してしまう。理由は判らないが、素の自分を見られる事が恥ずかしくて堪らないのだ。この部屋で二人きりの間、どれだけ普通に見えるように苦労したことか。
「先生、あなたはこうやってたんですよ。」
カカシはわざとイルカの手を取り、先ほどまで掴まれていたようにその手で襟を握らせる。
イルカは手を引っ込めようとしたが、駄目だよあなたが何をしたかよく見てと楽しそうで柔らかな物言いに負けた。何故か力が入らない。
「もしイルカ先生と凄く色っぽい女がここにいたとして。」
突然何を言い出すのだろうとイルカはカカシの目を見た。ガラス越しの陽の光の元では、青空に薄雲がかかったようなくすんだ目の色。それでも美しいと思った。
カカシも揺らめいた陽の光をちらちらと映す、イルカの真っ黒な目に引き込まれそうになった。
ああやっぱりなと同時に二人は思う。
ずっと好ましいとは思っていたけど、そんな感情を今一瞬で飛び越して恋に辿り着いてしまった。
好ましい、とは里の同胞としての筈だった。お互いの思考が判りやすく、任務で組むには最適だと。
色恋なんて昨夜まではどちらも頭の片隅にも一切なかった。いや嘘だ、きっと出会った時から。
「いたとして?」
むず痒さを隠す為にイルカが慌ててカカシの語尾を掬う。カカシは恋に落ちた瞬間一歩手前の自分の問いに、さてどう返すつもりだったんだろうと首を傾げた。全く思い出せない。
「ごめん、自分でもなんて言おうとしたのか思い出せない。たった今イルカ先生で頭がいっぱいになってね。」
「いいですよ、俺も胸がいっぱいでそんな事どうでもいいですから。」
くくっとカカシが笑えばイルカもふっと笑みを作る。
「とりあえず起きようか。先生は規則正しい生活だからお腹空いてるでしょ。もう危険はないから食事は届かないんだけどどうしたい?」
出入り自由となれば勿論朝定食を食べに行きたい。近くに焼鮭と味噌汁の美味しい店があるとイルカが言えば、カカシは鮭に釣られて着替え始めた。
警備に居を引き上げると告げ、二人は町へ出た。
「どうせ三代目には行き先が掴めないなんてことはないので、先生に付いてどこへでも行きますよ。」
「どこへでも?」
イルカの含みのあるオウム返しの問いに、カカシはにやりと笑って手の平を差し出した。
「手に手を取って。」
「駆け落ちにはまだ早いです。反対されてからにしましょう。」
弾んだ声でイルカはカカシの手を握って走り出した。
「あんたのせいだってのにさ。」
布団の反対の端でカカシに背を向けて眠っていたイルカが、夜明け前に寝返りを打つとまさぐるように手を伸ばしてカカシの襟元を握った。
昨夜眠る時には指を絡めて手を握られていたが、今はなんだか喧嘩を吹っかけられているように胸倉を掴まれている。イルカの寝相がいいのか悪いのか判断はつきかねるところだ。
寝相はともかく先程からくうくうと鳩が鳴いているような軽いいびきが可愛らしく聞こえていて、あどけない寝顔に良く似合うなとカカシの頬が緩んだ。
もう少し眠れるだろうかと壁の時計を見る。
今回の事件を纏めた書類に目を通した三代目からの呼び出しは、おそらくイルカ先生を労る為に昼近くになる筈だ。オレの方がチャクラ量は少ないからオレ基準で夕方にしてくれると嬉しいんだけどねえ。
「なんだか男と同衾するのも先生なら悪くないね。いや、大歓迎かな。」
微笑みながら熟睡するイルカに話しかけ、カカシはもう少し布団の真ん中へと身体をずらす。イルカとの距離を縮め、背中に片手を回して抱き込んだ。
起きた時の反応が楽しみだとほくそ笑みながら、わざわざ額を突き合わせて喩を閉じる。
世間で朝と呼ばれる時間を暫しすぎた頃、うぁと出かかった叫び声を両手の平で喉元に押さえ込んでイルカははっきりと目を覚ました。
何故、と真っ先に疑問が湧いた。何故カカシが自分を抱き込んで眠っているのか、とそこで思考が止まる。
突然カカシの右目が開いた。器用に左目は閉じたままで右目だけに感情を乗せる。嬉しそうだということがイルカにも判る程に。
「おはようございます。」
「おは、おはようございま、す。」
動揺したイルカは起き上がろうとして全く動けず、そこでカカシの腕が自分の身体を抱き留めていることに気付いた。イルカの視線の先の自分の腕を見ても、カカシは全く気にしない。
「あ、これ? 寝返りを打った先生がオレの襟を掴んで寝てたからこの手のやり場がなくってね。その信じられないって顔、自分の寝相は知らなかった?」
「いえ仲間達と雑魚寝する時にいつも聞かされてましたが、まさか……。」
本当にそんなに酷いんだ、とぽそりと呟いてイルカは手で顔を覆った。耳は真っ赤に染まっている。
カカシを意識してしまう。理由は判らないが、素の自分を見られる事が恥ずかしくて堪らないのだ。この部屋で二人きりの間、どれだけ普通に見えるように苦労したことか。
「先生、あなたはこうやってたんですよ。」
カカシはわざとイルカの手を取り、先ほどまで掴まれていたようにその手で襟を握らせる。
イルカは手を引っ込めようとしたが、駄目だよあなたが何をしたかよく見てと楽しそうで柔らかな物言いに負けた。何故か力が入らない。
「もしイルカ先生と凄く色っぽい女がここにいたとして。」
突然何を言い出すのだろうとイルカはカカシの目を見た。ガラス越しの陽の光の元では、青空に薄雲がかかったようなくすんだ目の色。それでも美しいと思った。
カカシも揺らめいた陽の光をちらちらと映す、イルカの真っ黒な目に引き込まれそうになった。
ああやっぱりなと同時に二人は思う。
ずっと好ましいとは思っていたけど、そんな感情を今一瞬で飛び越して恋に辿り着いてしまった。
好ましい、とは里の同胞としての筈だった。お互いの思考が判りやすく、任務で組むには最適だと。
色恋なんて昨夜まではどちらも頭の片隅にも一切なかった。いや嘘だ、きっと出会った時から。
「いたとして?」
むず痒さを隠す為にイルカが慌ててカカシの語尾を掬う。カカシは恋に落ちた瞬間一歩手前の自分の問いに、さてどう返すつもりだったんだろうと首を傾げた。全く思い出せない。
「ごめん、自分でもなんて言おうとしたのか思い出せない。たった今イルカ先生で頭がいっぱいになってね。」
「いいですよ、俺も胸がいっぱいでそんな事どうでもいいですから。」
くくっとカカシが笑えばイルカもふっと笑みを作る。
「とりあえず起きようか。先生は規則正しい生活だからお腹空いてるでしょ。もう危険はないから食事は届かないんだけどどうしたい?」
出入り自由となれば勿論朝定食を食べに行きたい。近くに焼鮭と味噌汁の美味しい店があるとイルカが言えば、カカシは鮭に釣られて着替え始めた。
警備に居を引き上げると告げ、二人は町へ出た。
「どうせ三代目には行き先が掴めないなんてことはないので、先生に付いてどこへでも行きますよ。」
「どこへでも?」
イルカの含みのあるオウム返しの問いに、カカシはにやりと笑って手の平を差し出した。
「手に手を取って。」
「駆け落ちにはまだ早いです。反対されてからにしましょう。」
弾んだ声でイルカはカカシの手を握って走り出した。
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