19

イルカは頭の中で白浜サギ上忍の調査書を捲る。
「おかしい·····一人でここまでは。」
捕らえられた研究員二人は拷問の前に白状した。持ち掛けられた話は、ただその時々の命令に従っていれば報酬を与え時をみはからって他国で別人となって新しい人生をやり直せるというものだった。
たまたまだが二人は各家庭でお荷物扱いされて忍びとしては外に出せないと、無理矢理人目につかない研究職に捩じ込まれたという共通点があったのだ。
家族なんていらない。この里にも未練はない。
可哀想とは言えるが、他に方法はなかったのだろうか。やはり優れた忍びを排出し続ける家には逆らえなかったのだろうか。
甘言に乗った自分達を正当化し興奮しながら、ボスと呼んでいた男の人相から服装までを細かく話す姿は誰の目にも哀れに見えた。
ボスの名は知らない。また時によって変化し、痩せた若い男から恰幅のいい高位の役人まで演じていたという。
本当の姿はたった一度だけ、大元を束ねる『族長』と言い争いになり毒矢を肩に刺された時に見たという。
「え、弓を使わず矢を直接に?」
「木ノ葉を襲う為の準備を皆でしていた時らしくてのう、矢に毒を塗り付けていたそうだ。だが多量に使おうと死には至らない、花の茎から絞り出した軽い毒だ。」
「それで。」
急かすカカシを手のひらで制し、三代目は暫く無言で顎髭を触っていた。カカシとイルカは知らず眉間に皺を寄せて、嫌な予感に拳を握り奥歯を噛み締める。
聞いたその容貌が白浜サギに似ているのだと、三代目は深く息を吐く。まさかと声を発したのはどちらか、カカシもイルカも一歩前に出て話しの続きを待った。
「刺されてその矢を自分で抜くまでの一瞬だけ、変化が解けたようだと。」
やはり、とイルカが呟く。これまでのわざと知られるような行動。そして一瞬だけ本当の姿を研究員達に見せて記憶させておく。
これではまるで、とカカシを見ればうんと頷く。彼もイルカと同じ事を考えていたようだ。
「試薬保管庫のある部屋に、白浜上忍は入っていないのでは?」
イルカが問えば三代目はほうと興味を示した。
「してその根拠は。」
今度はカカシが答える。
「まだ全てが断片なので確定ではないんですけどね。」
にやりと笑って目を細めたカカシに、里長は任せたと手をひらひらと振った。
「じゃあオレ達はまたお屋敷に戻りますね。サギが来るかもしれないので。」
「なん、だと?」
立ち上がった三代目を無視し、カカシはイルカの手首を掴んで足早に去っていった。
前後左右上も下にも神経を張り巡らせ歩きながら、カカシが小声でイルカに告げる。
「聞かれてた。」
「はい、ご本人ですね。」
「族長というのも怪しくない?」
間をあけてイルカが答える。
「多分草忍、かと。」
「なるほど。オレは知らないんだが、先生はそいつを知ってそうだね。」
「後で。」
早口で話を終わらせたのは、正面から二人の共通の知り合いの上忍が歩いてきたからだ。カカシとイルカが必要以上に仲がいいと思われては困る。以前イルカはカカシに蔑まれなじられ、それ以降は表面的な付き合いしかない事になっている。聞き耳を立てていた敵達だけでなく、内側も最後まで欺き続けておかなければならない。誰が敵か味方か、完全には暴き出せていないのだから。
カカシが歩を速めて肩で風を切るように先を行く。イルカはただ通りすがった体で、カカシを無視して窓の外を眺めながらゆっくり歩いた。
十分後には二人とも火影屋敷に戻っていた。
脱いだ着物を着直し、二人は出掛けていた間に座卓に用意された茶菓子に手をつける。カカシは煎餅、イルカは饅頭だ。
「イルカ先生、後でとはいつ?」
こくりとイルカは頷いた。
「説明しましょう。まず、ご両親の離婚で双方一人ずつご兄弟を引き取られたご家庭のお父様と息子さんがいらっしゃいます。お父様のお父様がその里の草忍でした。」
そこに入り込んでいる草忍はもう何代目になるだろうか、ただひたすら情報を集めて木ノ葉に送り続けている。
代替わりしたのはほんの数年前だ。老化は避けられないと引退し、木ノ葉で特別上忍となった息子が跡を継ぐ。息子はその為に一芸を極めて特別上忍となったのだから、他里とはいえ父親と暮らせると喜んだ。父親は商売をしていて修行に出ていた息子が帰ってきたと、よくある話しを作っていた。そしてそれは実行されなければ怪しまれる。
息子は商売にも町の生活にもすぐに溶け込んだ。諜報と暗号を極めた特別上忍だ、人心掌握も得意だった。
「彼はアカデミーの同級生でした。入学したてからクラスを纏め、やがて学年を越えて人の上に立つ目立つ存在になって。」
彼がいるのは抜け忍集団を出したその里なんです、と目を伏せたイルカは拳に力を籠めた。
「諜報に入って戻ってきた方にお聞きした様子では、族長は彼の可能性が.......。」

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