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いきなり身体の自由がきいて、後ろ手に縛られていたイルカの両手がぶらりと垂れ下がる。
手首を回して異常がないかを確かめながら素早く辺りを窺い、先程の者達が襲ってこないかと腰を落として歩幅を広げた。だが気配が消えている。誰もいない。
イルカはグッと奥歯を噛み締めた。
……チャクラを吸収する部屋に俺は入れられたんだ。以前そういう部屋でチャクラの実験をした時と同じ皮膚感覚だ。
試しに人差し指同士をくっつけるといつもならチャクラの循環を感じるが、今は放出した筈の右手から左手へのふわりとした感覚が一切ない。手のひらを上に向けてチャクラを放出してみたが、それも同じように何の感覚もなかった。
「この部屋が死に場所になるのは嫌だな。」
見渡した限りでは部屋はドアも窓もない、だだっ広い真っ白な箱だ。出られそうにない、仕組みも解らない。幻術かもしれないが、少しでも動くのは危険だと経験が教える。
イルカは仕方なく床に座って、ここでは意味を持たない緊張を解いた。そういえばさっきから引っ掛かっている事が一つある、とイルカは何もない空を見詰めた。
声だ。若い奴らの声を、最近どこかで聞いた気がしてもやもやしている。
顔は判らなかった。暗部のような仮面を被っていたからだ。一人は赤毛だったがよく見る色だ。
だが仕方ない、落ち着いて声を聞いた場所の特定から始めようとイルカは気持ちを切り替えた。どこで声を聞いたか判れば、奴らの所属でも判明するかもしれない。そうしたらまたそこから何かが辿れるのではないか、と。
まずアカデミー。ここでは皆の声を毎日聞いているから簡単だ。あいつらは教師でも事務員でも用務員でもない。
次に受付。ここは人が多すぎて難しい。
専門事務員、受付を通す任務に出る忍び、書類のやり取りをする他の部署。
……もしかして。
イルカは組んだ胡座の膝に乗せていた肘を離し、背筋を伸ばして大きく深呼吸をした。
部隊編成によって持ち物が違うから、準備の為の通称倉庫番が度毎に支給申請物の数の確認で受付に来る。その時か。
いや、行ったんだ。俺が説明した任務の持ち物で、死には至らない毒物の使用法を細かく聞いてきた隊長にうまく説明できなかった事があって。今聞いてきますと俺は走った。
思い出してくると次はどうだったかと心だけ先走り、焦る。イルカは両手で顔を洗うように擦って、落ち着けと呟いた。
医療班の中の薬物の部署が、なくなった試薬の置いてあった物置の手前の部屋だった筈だ。あの部屋の隣の金庫のように分厚いドアの向こうに、さまざまな薬と毒物があると教えてもらっていた。
えーとそれから、薬物を扱う部屋には白衣の研究員の若い男達が何人かいて。
そうだ、間違いない。あの中の二人の声だ。
長い息を吐いた事により、自分が息を止めて考え込んでいたとイルカは知った。けれどまだ考えなければならない事は山ほどある。
試薬が行方不明になる前に毒物で殺された金持ちの親父ども、これは彼らの仕業と言っても過言ではないだろう。ほんの数滴スポイトで吸って持ち出すなり別の瓶に入れ替えるなり、二人ならばどうとでもなるものだ。
ならば何故彼らがボスと呼ばれた男の下に付いて里への謀反を働いたのか。
イルカを捕まえる為の幻術は、あのボスが発動させたものだ。ボスは他里の、多分上忍だ。
木ノ葉の里のアカデミー教師として、この里殆どの者の術の使い方にはほんの少し癖があるとイルカは常々思っていた。何がどうとは説明できないが、三択でも四択でも目の前で術を発動させた中から木ノ葉の忍びを当てろといわれたら当てる自信は九割以上だ。
彼らとの会話からも確信を持って言えるのは、ボスが若者達を手下にしてこの里を壊滅させるか乗っ取るかしたいのだという事。
「俺を囮にしてナルトを覚醒させても、九尾の完全体になったら誰も止められやしないのに。」
怒りのあまり声が出た。
止められないどころか、ナルトはナルトという一人の人間に戻れなくなってしまう。他の二尾だか四尾だったか、人間の人格が尾獣に喰われて一体化したという昔々の噂もある。それは……現実かもしれない。
イルカは薄く笑った。
遠い昔、里で暴れる巨大な九尾が木を家を燃やし人々をなぎ払った記憶の残像が脳裏にこびりついている。歩くだけで町は壊れ、尻尾でその残骸を嵐のごとく散らしていた。犠牲者の数もいまだに正確には出ていないという。
あの化け物を、ナルトの小さな身体の中に留めていられる事が奇跡でしかない。いつどんな理由であれが外に表れるか、俺が鍵だというのは買い被りすぎだとは思うが。
きっと今頃はカカシが動いている。ナルトを保護し暗部も使って鉄壁の守りで誰も寄せ付けないだろう、とイルカは自分に言い聞かせるように想像を確定とみなして一人で何度も頷いた。
しんと静まり返った空間。どれだけ時間が経ったろうかとイルカが辺りを見回せば、ぴしっと甲高い割れるような音が聞こえた。

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