悔しい思いはアパートまで走るうちに大分落ち着いた。三和土に座り込んで息を整えたが、まだ心の中はぐるぐる回って何も考えられない。
イルカはよしっと勢いよく立ち上がると、台所で水道の蛇口を思いきり捻って頭をその下に突っ込んだ。冷たい水に打たれ漸く自分を取り戻せたが、びしょ濡れの頭から髪ゴムを抜くのに数本の髪を巻き込んで痛い思いはするし手拭きタオルは流しの取っ手に掛けておくのを忘れていたし何より頭皮が冷えて震え始めた。
なんで俺は行動の前に考えないんだろう、と反省しながら熱いシャワーを浴びる。次にカッときたら風呂に浸かって考えた方がいいのかもしれないと、洗い髪をタオルで包んだまま湯上がりに畳に寝転んで大きな溜め息をついた。
飯はまだかと腹が鳴った。カカシとの言い合いでかき乱された心は落ち着きはしたが、気分は上昇しない。何も作る気にならなくて冷蔵庫にある残り物で夕飯を済ませ、二つ折りにした座布団を枕にしてイルカは今日自分の身に起こった事を順に整理していった。会議室で言外にカカシが目と態度で語った事柄も反芻する。
暗部は生まれた時から陰でナルトを守っていたという。イルカが担任の時は仕方ないにせよ、卒業させてもまだ密な関係を続ける事が良くないという声が上がっている。だからイルカの真意を知りたいと、元暗部のカカシを使って直接接触してきた。……結果として信頼された事は嬉しいが、騙されてどこから彼らの計画の道筋に入るように仕掛けられたのか解らないのは少し悔しい。
カカシが自分を引き寄せて、子供のように背中を叩いた時には動揺は最高潮に達していた。握手すらした事がないというのにいきなり何故、と。それでも忍びとしての理性と勘が頭の片隅で緊急事態だと告げたから、カカシに話を合わせる事ができた。
「しっかし俺も泣く為になんで千本なんか使ったかなあ。まだ爪の生え際に血が滲んでら。」
その場で感情の籠もらない涙を流す事は生憎とイルカには無理な話だった。だから咄嗟に思い付いて行動できた自分を思いきり褒めてやろうじゃないか。そうだ多分カカシも気付いていなかったろう、と思えば少しは騙された悔しさも紛れる。
あ、聞かれてたらまずいからとは誰に対してだろう。結果が出れば判るという言い方だったから、俺に教えるつもりはないんだろうな。まあいいけど。全てを知っても演技をし続ける事は到底できないと、イルカは自分をよく解っている。例えば同僚が入り込んだ他里の草と知って、お前は今まで通りに接していろと言われて態度を変えずにいられるか。
絶対にできない。
だから疑問は持ちつつもこれ以上は何も知らずにいた方が、火影やカカシや暗部達の邪魔をせずに何かの事件の解決を導けるのだろうと納得した。
──しかし、敵というかそいつは何故俺を監視する必要がある。ナルトの尾獣の事か? だがそれなら俺ではなくナルト本人を……ああカカシ先生が側にいるもんな。並みの忍びじゃ無理だよな。
ん?と何かが引っ掛かる。小さな棘が指先の皮膚に入り込んで、薄皮を通して見えているのに取れないような違和感だ。
「いや、とりあえずカカシ先生に話を合わせる為にも考えろ。任務だ。」
口に出せば集中できるような気がした。前頭葉での思考と耳から入れた言葉の相互作用で鈍った頭は活性化する、とか誰かが言っていたのは本当のようだ。
「一つ目、白浜サギ上忍の所業と行方。何故俺が知る必要があるか。」
イルカに直接関係はない筈だ。だが火影がわざわざ調査書類を見せたからには、どこかで何かに繋がっているのだろう。
「二つ目、カカシ先生との喧嘩。ナルトを巡って俺があいつの中の九尾という化け物を利用して、何かしでかすのではないかと暗部が疑心暗鬼でいる。」
一所懸命ナルトの面倒を見てきたのにその気持ちを疑われている。ただ弟のように思って接していただけなのに、なんて酷い事を言うのだ。とどこかの誰かに対して、イルカは暗部やカカシをよく思っていないという設定ができ上がった。明日からはカカシを避けていればいいだけだ。
「でも、」
いや疑問を持つ事は許されない。
これは任務だ、イルカがカカシに指名されて火影にも任された任務だ。
「それでもやっぱり俺は、欺かれて利用されて経過も知らされずにいても……、ただの中忍だから我慢しなくてはならないのか。」
カカシも暗部の者達も火影も、何も知らないイルカだから相手が寄ってきてイルカを仲間に引き込もうとすると見ている。そしてそのまま上手くこちらの罠に誘導できる手筈だ。
実は相手のターゲットはイルカだと、本人には告げられない理由はかなり危険な賭けだからだ。
もしナルトが捕らわれたイルカの為に動き出し、腹の中の化け物が現れたら多分どうしようもない。まだ自力で九尾を抑えられないナルト、こればかりは出たとこ勝負だとカカシと暗部達の意見は一致していた。
イルカはよしっと勢いよく立ち上がると、台所で水道の蛇口を思いきり捻って頭をその下に突っ込んだ。冷たい水に打たれ漸く自分を取り戻せたが、びしょ濡れの頭から髪ゴムを抜くのに数本の髪を巻き込んで痛い思いはするし手拭きタオルは流しの取っ手に掛けておくのを忘れていたし何より頭皮が冷えて震え始めた。
なんで俺は行動の前に考えないんだろう、と反省しながら熱いシャワーを浴びる。次にカッときたら風呂に浸かって考えた方がいいのかもしれないと、洗い髪をタオルで包んだまま湯上がりに畳に寝転んで大きな溜め息をついた。
飯はまだかと腹が鳴った。カカシとの言い合いでかき乱された心は落ち着きはしたが、気分は上昇しない。何も作る気にならなくて冷蔵庫にある残り物で夕飯を済ませ、二つ折りにした座布団を枕にしてイルカは今日自分の身に起こった事を順に整理していった。会議室で言外にカカシが目と態度で語った事柄も反芻する。
暗部は生まれた時から陰でナルトを守っていたという。イルカが担任の時は仕方ないにせよ、卒業させてもまだ密な関係を続ける事が良くないという声が上がっている。だからイルカの真意を知りたいと、元暗部のカカシを使って直接接触してきた。……結果として信頼された事は嬉しいが、騙されてどこから彼らの計画の道筋に入るように仕掛けられたのか解らないのは少し悔しい。
カカシが自分を引き寄せて、子供のように背中を叩いた時には動揺は最高潮に達していた。握手すらした事がないというのにいきなり何故、と。それでも忍びとしての理性と勘が頭の片隅で緊急事態だと告げたから、カカシに話を合わせる事ができた。
「しっかし俺も泣く為になんで千本なんか使ったかなあ。まだ爪の生え際に血が滲んでら。」
その場で感情の籠もらない涙を流す事は生憎とイルカには無理な話だった。だから咄嗟に思い付いて行動できた自分を思いきり褒めてやろうじゃないか。そうだ多分カカシも気付いていなかったろう、と思えば少しは騙された悔しさも紛れる。
あ、聞かれてたらまずいからとは誰に対してだろう。結果が出れば判るという言い方だったから、俺に教えるつもりはないんだろうな。まあいいけど。全てを知っても演技をし続ける事は到底できないと、イルカは自分をよく解っている。例えば同僚が入り込んだ他里の草と知って、お前は今まで通りに接していろと言われて態度を変えずにいられるか。
絶対にできない。
だから疑問は持ちつつもこれ以上は何も知らずにいた方が、火影やカカシや暗部達の邪魔をせずに何かの事件の解決を導けるのだろうと納得した。
──しかし、敵というかそいつは何故俺を監視する必要がある。ナルトの尾獣の事か? だがそれなら俺ではなくナルト本人を……ああカカシ先生が側にいるもんな。並みの忍びじゃ無理だよな。
ん?と何かが引っ掛かる。小さな棘が指先の皮膚に入り込んで、薄皮を通して見えているのに取れないような違和感だ。
「いや、とりあえずカカシ先生に話を合わせる為にも考えろ。任務だ。」
口に出せば集中できるような気がした。前頭葉での思考と耳から入れた言葉の相互作用で鈍った頭は活性化する、とか誰かが言っていたのは本当のようだ。
「一つ目、白浜サギ上忍の所業と行方。何故俺が知る必要があるか。」
イルカに直接関係はない筈だ。だが火影がわざわざ調査書類を見せたからには、どこかで何かに繋がっているのだろう。
「二つ目、カカシ先生との喧嘩。ナルトを巡って俺があいつの中の九尾という化け物を利用して、何かしでかすのではないかと暗部が疑心暗鬼でいる。」
一所懸命ナルトの面倒を見てきたのにその気持ちを疑われている。ただ弟のように思って接していただけなのに、なんて酷い事を言うのだ。とどこかの誰かに対して、イルカは暗部やカカシをよく思っていないという設定ができ上がった。明日からはカカシを避けていればいいだけだ。
「でも、」
いや疑問を持つ事は許されない。
これは任務だ、イルカがカカシに指名されて火影にも任された任務だ。
「それでもやっぱり俺は、欺かれて利用されて経過も知らされずにいても……、ただの中忍だから我慢しなくてはならないのか。」
カカシも暗部の者達も火影も、何も知らないイルカだから相手が寄ってきてイルカを仲間に引き込もうとすると見ている。そしてそのまま上手くこちらの罠に誘導できる手筈だ。
実は相手のターゲットはイルカだと、本人には告げられない理由はかなり危険な賭けだからだ。
もしナルトが捕らわれたイルカの為に動き出し、腹の中の化け物が現れたら多分どうしようもない。まだ自力で九尾を抑えられないナルト、こればかりは出たとこ勝負だとカカシと暗部達の意見は一致していた。
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