どうにも気が進まない。ついでに足も進まない。
任務拝命書なんか受け取りに行きたくないなぁ、とカカシは部下達の待つ本部棟前に向かいながら何度も溜め息をついた。いくら任務とはいえイルカを嫌っている振りは少々きついものだから。
「あんないい人、普通の神経の持ち主なら嫌うわけないでしょ。」
素直な気持ちが声として出てしまう。声が大きかったか、すれ違った一般人が胡散臭そうにカカシを振り返った。
落ち合って三人の部下達を率いてのろのろと受付まで歩けば、中央を三代目として左右に並ぶのは専任の事務員だった。
「なんだ、イルカ先生いねえんだ。」
「当たり前じゃろう、イルカはアカデミー優先で時間が空いている時にここに入ってもらっとるだけだ。」
ナルトと三代目のやり取りに、ああそうかとカカシは力の入っていた身体を弛緩させた。無意識にほっと息をつく。敵をおびき寄せる為にもう一度か二度はイルカと喧嘩をした方がいいのだけれど、正直本当に振りだけでも嫌なのだ。
また農作業かと文句を言う子供達をいなし笑いながら外へ出た。カカシはそこかしこに配置された暗部の気配を読み取って、一人満足気に頷く。
イルカを監視するのは敵だけではない。それこそおはようからお休みまで、イルカが襲われないようにと監視する為に片手を超える人数の暗部を選別したのは他でもないカカシだ。
そしてカカシ自身も上忍師ではない時間は、無理をしない程度に陰からイルカを見ているのだった。
イルカは自分が狙われている事を知らない。
ナルトが身体の中に九尾という狐の化け物を封印している、それを逆手に取り封印を解いてあわよくば九尾を操りたい。もし操れなくても、解放された九尾はかつてのように勝手に暴れてくれるだろう。その為には。
──ナルトの師であり父であり兄である、身内と言ってもいいイルカを目の前でいたぶって殺せば良いだけだ。
木ノ葉の里や火の国を壊滅に追いやりたいと思う奴らが集結し始めた頃に、そんな噂を聞きつけて内部に入り込んだ諜報の一人が詳細を知らせてきたのだ。それからもう四ヶ月近いが、今のところ大きな動きはない。そして白浜サギ上忍はその集団にいる気配もない。
したがって捜査の進展もほぼない。いや進展はなかったが、白浜上忍の捜査資料に矛盾点が見付かった。
見付けたのはイルカだ。
よく読めばサクラあたりでも指摘できる内容で、捜査のしすぎで思い込みから見逃しただけだったらしい。
一度目を通しただけの資料の文章の基幹を、イルカは記憶している。だから家で時系列を反芻していた時に気付いたのだという。
カカシも呼ばれ、これだけは聞かれたくないと執務室の中で会話の声だけが聞こえない音声封印の術を使う。
そして部屋の外には予め用意した、白浜上忍を心配する三人の声が流れるのだった。
「それで、どこに矛盾があるのだ。」
火影がばさりと投げ出した例の白浜サギ上忍行方不明事件の調査書。イルカはページを捲る。
「試薬が保管庫からなくなったと気付いて三代目に報告が上がるまでに十八時間、それから白浜上忍の指紋と足跡が出てくるまでに六時間、それをまた三代目に報告するまでに三時間──これは写真つきの報告書を作成する為に時間が掛かるので仕方ないとしても、全体的にあまりにも手際が悪すぎます。」
イルカの指さしたページを見詰めてカカシが首を捻る。
「うん、確かにおかしい。なくなったと気付いたらその足で三代目に報告するし、現場はすぐ保持して遺留物を探し指紋や足跡を取るでしょ。せいぜい五時間で結果が出る筈だ。あと先生が気にしてるのは?」
流石第一線で活躍するだけある。カカシ先生は自分で戦闘より地味な追尾や調査などの方が好きだと言ってたけれど、何でもこなしてきた経験が裏打ちする勘は侮れないな。
イルカはひっそり微笑んで頷いた。
「毒薬がなくなる前に、その毒薬を使用した殺人事件が起こっています。まあこの調査書は結果としての調査書ですので、矛盾点をこれから暴いていけばいいだけですが。」
「あ、でも先生は、」
監視保護対象者が手を出しては、と言いそうになって火影に睨まれた。
「俺、里にいる事を今回ほどラッキーと思った事はありません。カカシ先生みたいに外を飛び回るのに未だ少しだけ憧れがあったんですけどね。」
「適材適所じゃ。それで、何がラッキーだったのか早う言え。」
煙管で机を打ちながら、三代目は苦笑いをした。実力のないわけではないイルカを里に縛り付けている事への悔恨を、ほんの少し乗せた笑みだった。
「一般人の知り合いが山といるって事ですよ。実は犠牲者の四人とも、本人か家族と面識があります。」
「は、それは凄いね。まあうちの管理人と知り合いだったし、納得はできるけど。」
心底カカシは感心していた。この人、参謀に欲しい。
「その四人には、共通点が一つ、あります。」
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