ぴしりと何かが割れた音が聞こえ、部屋の温度がいきなり下がったような気がした。
いつになくカカシの顔が怖い。挨拶をしたかったが重い空気がそれを許さず、イルカは指先も口も動かせなかった。
「カカシ、苛立つのも解るがその獣のような怒りは鎮めろ。」
三代目火影がちろりとイルカに視線を動かすと、カカシはあっと右目を見開きそれからふうと大きく息を吐いた。
「すみません……イルカ先生。ちょっと我慢ができなくて。」
机の端のガラスの花瓶に三代目が手を伸ばして撫でた事により、さっきのぴしりという音は雷のカカシのチャクラが静電気を起こしその花瓶にひびを入れた音だったのだと知る。イルカにはそんな力はない。里の看板を背負う上忍はこれが当たり前なのだろうか。
うなだれるようにイルカに頭を下げたカカシの頭頂部につむじが見えて、そんな所を見るのは初めてだなぁとなんとなく思って口元が緩んだ。
「イルカも怖かっただろうがよく笑えおるな。まあ何でもありの受付にいれば肝も座るだろうて。」
三代目に言われて慌てて口元を手で覆う。笑っちまったか、俺。
「いえ、そういうわけではなく……、」
頬が染まっている事を自覚しつつ、良い言い訳の言葉が見付からずにイルカの緩んだ頬は苦笑いで更に緩む。
「火影様、イルカ先生にご説明をお願いします。」
苛立ったようなカカシの言葉に頷きこちらへ、と火影がイルカを呼ぶ。机の引き出しから取り出しイルカに差し出した書類の分厚さに、思わず両手で重さを覚悟しながら受け取った。やはり重い。
表紙の中央には約ひと月前の日付けと『白浜サギ、行方不明』とだけ書いてある。イルカは先程の殺気立ったカカシの態度に、ああと納得がいった。
「白浜サギ上忍は、顔見知りの受付というだけでも気さくに話し掛けてくれる優しい方でした。定期的に受付を通す任務があったようですがこのところそれもなく、ひと月以上町なかでも誰も見掛けていないのでどうしたんだろうとぽつぽつ話題に上がっています。」
カカシとは仲が良かったのだろう、よく二人で肩を並べて歩く姿を目にしていた記憶がイルカにはある。
「付き合いは短いけどね、アスマとは違った意味で楽に話ができるいい奴だったんだ。オレが全てにいい加減であいつが全てに真面目で、任務にはちょうど良くバランスが取れていたんだよ。」 
「だからカカシは、この調査結果に納得がいかないと噛み付きおる。」
トントンと机を指先で叩く火影は、読んでみろとイルカに促した。
解りましたとイルカは、手に持った分厚い書類をまず導入部を読み込んでから一枚ずつ素早く斜めに読んでいく。速読は教師と受付の二股で身に着けた特技だ。傍からは一枚捲った数秒後にはまた捲るから、枚数を数えているようにしか見えないらしい。
「大体が掴めました。」
紙の束を机に置くと、イルカはカカシを振り返った。
「里の一般人が連続殺人の被害にあっている。この三ヶ月近くで四人、深夜の路上強盗の犯行に見せてはいるが毒薬が使われておりそれは研究途中の試薬である。白浜上忍の指紋と足跡が試薬保管庫のある部屋から発見された為に、ひと月半前から現在まで行方不明の彼が容疑者となっている。……という事ですね。」
カカシの目を見ながら淡々と調査の内容を述べるイルカと目を合わせたまま、カカシはゆっくりと頷いた。
「そう。やっぱりあんたは使える人だ。火影様、この人借りていいですよね。」
は、とイルカは疑問と驚愕の声を上げて首だけで三代目を振り返る。その当人は無言でイルカに向けた手のひらを押し出した。持っていけとカカシに言わんばかりに、面倒臭そうな顔をしている。
「いや……でも、俺は何をするんですか。アカデミーも受付も、」
「それはこちらで引き取る。早く終わらせてやってくれ。」
聞こえないその先の火影の言葉がカカシの為にと優しく続いたように思えて、イルカはとにかくカカシの言うとおりにすればいいかと後を付いていった。
カカシは執務室のすぐ先に連なる会議室の一つに入っていった。普段は鍵が掛かっている筈なのにと、イルカは躊躇いドアの前で立ち止まる。
中から入ってと呼ばれてそっと中に一歩踏み込んだ。窓際で外を眺めるカカシに、吸い寄せられるように近寄っていく。ドアは上部にクローザーが付けられている為に開けば自動でゆっくりと閉じる仕組みだ。知ってはいても、かちゃりと完全にドアが閉じると少しばかり緊張する。
部屋の中には入ったが、未だひりひりと感じる苛立ちにカカシの側には近寄れない。黙って外を見るその姿を、非の打ち所のない彫像のようだと離れた位置からイルカは見詰めていた。
「すみません、どうにも抑えきれないんです。」
イルカを見ないままにカカシは話を進めるようだった。はい、とイルカは頷きカカシが話し出すのを待っていたが長い事沈黙が続いた。  
スポンサードリンク


この広告は一定期間更新がない場合に表示されます。
コンテンツの更新が行われると非表示に戻ります。
また、プレミアムユーザーになると常に非表示になります。