こうやって。
身体の前で指先を付き合わせて丸い形を作った、二本の私の腕には。
あなただけしか入る余地がないんです。
信じられません?
ならば入ってみて下さい。
ほら、あなた一人でぎゅうぎゅうになってしまったでしょ?
人はね、腕に抱えられる限界を越えてしまっては、かえって誰一人も抱えられないんですよ。無理をしては全て取り零してしまうから。
だから私は皆の頭を撫でてやることは躊躇しないけれど、腕に抱えるのはたった一人と決めているんですよ。

昔、泣き虫の小さな子を抱えました。だあれも抱き締めてやらないし、その時は私の腕は空いていましたから。
でもその子は段々成長して私の腕の中が窮屈だと思うようになり、自分の居場所は此処ではないと気付き。私は腕を離しました。

今、私の腕には誰もいません。
この先も誰も抱えるつもりはありませんよ、あなた以外は。


優しい声はまだ記憶にしっかりと留まっている。薄れない事が嬉しい。
彼は今もオレを待っているのだろうか、いやもう……きっと他の誰かを腕に抱えているだろう。彼は気付いていないが、オレよりも寂しがりやだ。
大蛇丸の反乱により三代目火影が亡くなり、次の火影となる為に綱手様が里に戻ってきて漸く一年が経った。最後に彼と顔を合わせたのは三代目の葬儀だった。それ以来遠くに見かける事はあったけれど、話をした事はない。
それほど忙しかったというのは事実だが、オレは彼の腕から逃げてしまったのだ。オレが幸せになる事が怖かったから。
里の為に死んでしまった仲間達への負い目が、小さな頃からの罪悪感が彼の腕に収まる事を許さなかった。オレは許されるまで働かなければと、ただひたすら綱手様の命を受け続ける。いつ許されるのだろうか──いや、いつまでも許されはしない。オレは命が尽きるまでと覚悟を決めた。
里は半分以上壊滅状態となったが、この一年であばら家だが雨漏りもなく住めるような家屋を建て流通網もほぼ元通りとなって人々の笑顔を取り戻せた。
ほっとすると同時に疲労が心身を襲う。これ以上をオレに求められても、正直言ってそろそろ限界が来そうだ。
だけど……倒れるまで頑張ったら、彼は見舞いくらい来てくれるかな。ああ馬鹿かオレは。ムシのいい話だ、彼を捨てたのは他でもないオレだろうが。


人払いまでして綱手様が俺と向き合う。睨むその目に殺気がない事だけが幸いだ。
お前達の事、色んなところから集めた話を聞いた。
と穏やかな声で綱手様は話し始めた。
昔からあいつは自分を大切にしない。それで周りが悲しむとは思わない奴だ──。
あの人の事だとすぐ解って、俺は黙って頷く。それから独り言のように小さく呟いた。
ご自分の幸せが怖いんだと思います。
暫くの沈黙の後で綱手様はそうだな、と長く息を吐いた。
誰にでもごく普通に幸せと思う権利はあるのにな。
俺は自分の足の爪先を見ながら、絞り出すように声を出した。
どうしたらいいのでしょう。俺にはもう、何もしてあげられません。
涙がぽたぽたと床に落ちる。嗚咽が抑えられない。
──泣いちまえ。
膝から崩れ落ち、堰が切れたように俺は声をあげて泣き出した。あの人と別れた辛さではない、あの人をこの腕に抱え続けられなかった自分への後悔で。
それほどあの人が自分で抱えていたものが重かったのだ。
長年じいちゃんと慕っていた三代目が亡くなった時、俺は自分の事しか考えられなくなってあの人を手放した。忙しいなんて言い訳だ、少しでも一緒にいる事はできた筈なのに。
俺は生徒とその家族の安否確認や里人の救護の為にアカデミーから帰れなくなり、あの人も災害で弱った木ノ葉の里を他里から守る為に国境までほぼ出たきりになる。
何度も見かけて声を掛けようとはしたけど、開いた口からあの人の名前は出てこなかった。俺の腕にはあの人を抱える余裕がなかったから。
自分からあの人を抱えておきながら、俺でいいのかといつも思っていた。俺よりもあの人に有り余る愛情を注げる誰かが、必ず何処かにいるんだ。だから早くその人と巡りあって欲しいんだ。
泣き続けていると馬鹿だね、と一度軽く頭を叩かれわしわしと力強く撫でられる。
お前らがこれほど不器用だとは思わなかったよ。イルカ、お前だって辛い事はたくさんあるじゃないか。今度はカカシに抱えてもらえばいい。
なあカカシ、お互いの荷物を持ってやってこそ同等に一緒にいられるんだよ。まだまだやり直しはきくからね、そのつもりがあるならあたしからイルカをかっ拐ってごらん。
床に崩れた俺をそっと抱いていた綱手様の、腕の温もりが消えた。代わりに息のできない苦しさに襲われる。
二度と離さないから。
耳元で聞こえる懐かしい声、でもぎゅうと締め上げるように抱き締められては窒息してしまう。そう言えば窒息しないように人口呼吸だね、と口を塞がれた。


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