小さくぱきりと折って恐々口に入れる。舌の上で溶けていくそれに、オレは思わず声を出した。
「苦い。」
それからほんの少しだけ甘みが後を追うが、苦味の方が勝っていて複雑な味だ。
正直に言うと美味しいなんて思えない。
オレの行動と顰めた顔が不思議だったのだろう、ちらと幾つもの視線がこちらに向いてすぐに逸らされた。
 甘いのはあまり好きじゃない。
そう言ったのは去年のこの時期だ。やたらと手渡されるそれらを一つ一つ確かめて、ミルクとかホワイトとか書かれていれば近くを通る者にくれてやっていた。そして彼にもたまたまその一つが渡ったのだ。
彼から発せられた躊躇いながらの言葉は、渡した相手にも渡されたオレにもかわいそうだという意味だった。
「せっかくの気持ちが宙に浮きましたね。」
「でも、オレは甘いのはあまり好きじゃない。珈琲に砂糖をひと匙くらいならなんとか飲めるけど、こんな甘味の塊じゃあねえ。」
彼は渡された箱の裏面の成分表を見ると、確かにこれは甘いですねえと頷いた。
「あ、解る? この前サクラがカカオの含有率での甘さの見分け方を教えてくれたんですよ。あともし書いてなければミルクとホワイトという言葉が書いてあれば避けた方がいいだろうって。せめてブラックやビターと書いてあれば多分大丈夫じゃないかと言うので、甘そうなのは人にあげてるんです。」
オレの説明に、イルカ先生は腕を組んでちょっと考え込んだ。
「もらった直後に他の人にあげちゃうのはどうかとは思いますけどね、相手に変な期待をさせない為にはまあ仕方ないでしょうかね。」
 真面目な人だから失礼なって怒られるんじゃないかと思っていた。理解を示してくれたのはありがたい。
あ、この人はそういうやつの経験者か。なるほどねえ――と納得できたのは見た目も性格もまあ良い方だからだ。教師はなかなか死の危険はないし、結婚相手として捕まえたら羨ましがられるのだろうと分析したオレは何故か非常にむかついたのだ。
あ、これはって自分の気持ちに気付いて、それから一年近く掛けてイルカ先生を口説き落とした。
「うーん、紅茶が欲しくなるな。」
上忍待機室の自動販売機に最近入った紅茶は渋みも少なく、オレ好みだ。ポケットの中の小銭で足りて、温かなカップを両手で包むとほっと小さく息を吐いた。
「あの、カカシ上忍はバレンタインとか、興味ないのかと思ってました。」
最近よく組むようになった若者が、何故か引き攣った笑顔を見せる。
「まあ今年から興味が出てきたんだ、よな?」
後ろからのそりと熊が現れた。なんか獲物を見付けたようないやらしい笑顔が薄気味悪い。
「別に、今年も興味なんかないけど。」
「じゃあお前が持ってる残りを、俺が食べても構わないだろう。」
オレの肩越しに手が伸びてきて、オレは無意識に熊の腕を掴んで前へと投げ飛ばした。熊はそのまま前方に飛んで壁を蹴とばし、空中で前転をすると何もなかったようにすとんとオレの前に降り立った。
「素直じゃねえなあ。」
「だってオレの興味はイルカ先生だけだもん。イルカ先生のくれたチョコならどんなにくそ甘くても全部食べるけど、あの人はオレの好みを知り尽くしててこれなんか最高に美味いしね。」
本当はさっきも思ったように美味くはないがイルカ先生の愛情を感じ、喉元を通り過ぎるとそれはあまりにも甘美で酒よりも酔ったように頭から足の爪先まで痺れ始めた。いやもう、イっちゃいそうに興奮するわ。
外をこちらに走ってくる足音と共に、待機室のドアが乱暴に開かれた。あイルカ先生だ。
「カカシ先生はいますか。あっカカシ先生、さっきのチョコはまだ食べて――、」
オレの顔を見てあちゃあと額に手を当てたイルカは、それから慌ててオレの手を引き綱手様の元へ走る。
「綱手様、やっぱりカカシ先生が食べてましたぁ!」
イルカ先生の報告に、やっぱりと綱手様が立ち上がった。
「カカシ、お前は職員室のイルカの机からチョコの箱を勝手に持っていっただろう。あれは任務用の媚薬と自白剤入りだ。イルカの同僚が今日の夕方その手の任務に就くのだが、でき上がったのが今朝になってしまった。職員室に届けさせるとそいつは授業に出ていて、イルカが預かると言ってくれたんだ。それをイルカのプレゼントと勘違いしやがって……。お前が全面的に悪いんだからな、ひと晩独房で耐えて毒抜きしろ。」
そんな、と呟けばイルカ先生は懐から金のリボンの包みを取り出してオレに見せた。
「あなたって人はねえ……。チョコではつまらないからハートに愛とか好きって書いてある煎餅が流行りだしているってあなたが聞いてきて、俺がじゃあそうしますって言ったら大喜びだったじゃないですか。」
呆れた顔のイルカ先生が、すみませんと綱手様に直角に頭を下げた。
「全く。何が起こるか解らないから予備を取っておいた。同僚にはそれを持たせたから任務に支障はないがな。」
綱手様の拳がぶんと音を立ててオレの頭頂部に落ちた。うおおおお、あまりの痛みに声も出ない。
「イルカ、この馬鹿にちゃんと言い聞かせてついでに首輪と鎖を付けておけよ。」
にやりと笑う綱手様に、イルカ先生もにやりと笑い返した。なんかね、物凄く悪い笑顔だよね。怖い。
「ホント、馬鹿な子ほど可愛いんですよね。綱手様、独房に入れたらきっと煩くてご迷惑になると思うので連れて帰ります。ちょうどいいから二人で暫く休暇をいただきますよ。さあカカシ先生、帰りましょう。」
ああ媚薬が効いてきた。身体が火照り汗が噴き出す。イルカ先生がオレの腕を取ると、そこからぞくりと震えが走りだした。
「これからたっぷりと甘い時間を過ごしましょうね。」
あ、でも甘いものはお嫌いでしたよね。やっぱり独房で苦味を味わいますか――。
耳元で囁く先生ったら酷い。
飴と鞭、甘味と苦味、上手く使い分けられオレはイルカ先生の手のひらでころころと転がされている。
まあ先生の肌の甘味はどんなに舐めても飽きないからね。あとは別れという苦味を味わう事のないように頑張らなくちゃ。
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