あんたは張り付けた笑顔で言う。
「男が口説く事で、女はより綺麗になるんだと思うのね。」
そうですね、と俺は理解者のように頷いてみせる。
「女が綺麗なのは嬉しいでしょ、だから口説かなかったら失礼だよね。」
そんな嘘の理由で二股どころかどんどん増えて、今あんたに何人の女がいるのか俺には解らない。

夏の終わりに呼び出された居酒屋は、冷房が壊れていて窓から風も入らない。
「口説かれたのが男ならどうですか。」
「女が男を口説くの?」
「ええ、いっぺん抱かれてみたいなんて言われたら。」
「理想じゃないかな。そう思わせるなんて格好いいね、イルカ先生。」
はん、毎日あんたは言われてるだろ。取り繕った綺麗な笑顔で表面上は俺を肯定して、裏ではまたその女を俺から排除するために囲うつもりか。
「でも期待が大きい分、思った程じゃないって言われる事もあるんできついです。どうしたら満足させられるか、カカシさんに教わりたいですよ。」
わざと生々しい事を言ってやる。あんたの苦虫を噛み潰したような顔の理由に、気が付かない振りをして。
「そうそう抱いてみたい、って言われたらカカシさんはどう思いますか。」
わざと話を変えた。
あんたはちょっと驚いて顎を引いたね、聞きたくないだろうが聞け。
「男同士の関係もあり、じゃないの。それだけ魅力的なんだろうし。」
「ああ、カカシさんならそう言ってくれると思いましたよ。良かった、カカシさんに嫌われたら俺辛いし。」
ゆっくり微笑めば、あんたは眉を寄せて黙り込んだ。
嫌なんだな。知ってるよ、俺はあんたの太陽で聖域で誰にも触らせたくないって、綺麗な俺でいて欲しいって。
俺に近付く女を、必死になって全員囲い込んで。
それでも取り零しはあるし忍びだからね、裏なんかいくらでもかける。今の女の話も途中で俺の気が削がれ罵倒されて終わり、という事で満足させられなかったのは本当だ。はっ、あんたを思い出したからだ。
「…それで、その男とは。」
「なんですか。」
「続いてるの?」
刺々しい口調。形勢逆転、ざまあみろ。俺の気持ちが解っただろう。
ああ違うか、俺はあんたに恋い焦がれててでもあんたは俺を崇め奉ってるだけで。…ただ崇拝対象が汚される事に嫌悪感があるだけだ。
「ねえ。」
「…はい、何か。」
「声をかけてきた男はどうしたの?」
押さえた声が掠れて震えてる、ような気がした。
気持ち悪いんだろうな。そうだよ、なにも俺を崇拝する理由なんかないじゃないか。この際夢を壊しておいてやろうか。
どうせ俺はもうあんたに会わないようにするから、代わりを見つければいい。
「カカシさん、俺帰ります。」
そろそろ来るので、と俺は多めの金を置いて立ち上がる。
外に出たらあんたが付いてきて、俺の行き先を阻んだ。
「なんで帰るの。」
「だから、うちに来てるんです。」
「いつから? 誰なの? そいつと寝たの?」
カカシさんの脇をすり抜けて歩き出すと、腕を掴んで引き戻される。
「行くな。」
「俺が何をしようと関係ないでしょう。カカシさんの乱交に俺が口を挟んだ事はないんだから、あなたも止めて下さい。」
乱交―我ながら適切ないい言葉だ。毎晩女が違うのは知ってるし、何人か一度に相手をしてる時もあるんだろう。
言ってやれば、傷付いた顔をして俺の腕から手を離した。
馬鹿野郎、傷付いてるのは俺だ。あんたが女を囲う度に俺は誰かに慰めてもらってるんだ。
からだが代償なんて大した事じゃない。きしんだ心が誰かを、いやあんたを求めてるんだから埋めるために誰かを利用したっていいだろう。
「一体俺は、カカシさんにとって何なんですか。いちいちあんたに付き合ってる暇はないんですよ。」
我慢もそろそろ限度だったから、つい言葉を荒げてしまった。失敗したと思い急ぎ足に逃げようとしたら、後ろから俺の腰に腕を回して抱き締められた。
驚いて声も出ない。
でも、行かないでと震える声は俺が汚される事だけを心配するんだ。
「あんた、いい加減に止めろって、」
がくんと俺の膝が折れて視界が暗転し始めた。
目が覚めたら、俺は柔らかなシーツの上に寝ていた。起き上がろうとしたが両手首には鉄の輪が嵌められ、そこから伸びた鎖がベッドの鉄枠に繋がっていた。両足首にも。
「お前が逃げないように作った部屋だ。」
カカシさんの切羽詰まった声が下から聞こえた。床に座りベッドに寄り掛かって、俯いたまま俺の疑問に答える。
「オレの太陽が、」
ゆっくり立ち上がったカカシさんが、顔を歪めて俺を覗き込む。俺だけを見ている。
「なんで誰かのものになるの。」
俺は薄ら笑いでごまかす。

俺の服が切り裂かれる音が、ひとごとのように遠く聞こえた。
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