―あなたの幸せにオレは必要はないかもしれないが、オレの幸せにはあなたが必要なんだ。
だからオレを…幸せにしてくれ。

手を握り下から顔を覗きこまれて、そう言われた。
驚きのあまり口のきけない俺に、辛抱強く返事を待ってくれる。
狡いよ、そんな言い方は。
それにあんたはそのきらきらした笑顔で、俺の心臓を握り潰して殺す程の威力をもって迫ってくるんだから。
俺の心臓が、息もできないほど跳ねている。どうしよう、意識が遠のきそう。

―ねえ、返事は聞かせてもらえないのかな。

なんてまた微笑みながら俺の顔を覗き込む。俺は息を整えて、緊張に掠れた声を振り絞った。

―あんたの幸せに俺の存在が必要なら…、

ぼろぼろと涙が溢れ続ける俺は、胸が詰まり言葉が続けられなくなった。

―うん。

ごしごしと顔中を袖で拭ったら笑われたけど、続きを急かすわけでなく俺をそっと抱き込み背中を擦ってくれた。
ちゃんと言わなくちゃ。思うほどに頭がぐちゃぐちゃになって申し訳なさも手伝い、つい顔から視線を外してしまった。
でも続きを言わなくちゃ、と下腹に力を込めて俺は言い切ってやった。

―俺だって、あんたでなきゃ幸せになれない。

ほんの少しの間の後に男前の顔が微笑んだまま近付いて、その武骨だけど繊細な感情を持つ手がそっと俺の瞼を押さえる。
目をつむれば吐息が頬にかかり、その一瞬後には俺の唇に熱く柔らかなものが押し付けられた。
唇だと気付いた時には既に遅し、拘束されていて動けない。羞恥に身を捩るが、拘束の力は強まるだけだ。片手で俺の頭を支えながら何度か下唇を啄むと、脱力した唇の隙間にぬるりと舌を差し込んできた。
もっと開けろと、舌先が俺の唇を割ってぐいぐいと進入する。そうして長いこと舌を絡み取られ、飲み込めない唾液が口の端から垂れるまま口は塞がれていた。
身体の奥から沸き上がる快感が俺を支配していく。止められない。
もっともっとと俺は自分から先を求めて、背中に回した手で皺が寄る程服を掴む。
時折息継ぎに口を離せば二人の吐息が熱く、抑えていた声も微かに漏れ出てしまった。
どれだけの時間がすぎたのだろう、ドアの外に人の気配を感じ俺は慌てて胸を押して離れようとした。だがほんの少し腕の力を抜いたものの、俺を自由にはしてくれなかった。

―最初から聞いてたみたいだよ。だれだと思う。

俺が答えるより早くドアを開けて中へと迎え入れる。俺を抱いたまま。
ああもう、隠しようがない。俺の教え子達、あんたの部下だった暴れん坊とその伴侶になる内気な娘。
二人に笑って俺を見せ付けるように抱き締めてきた。わたわたする俺の頬に布越しに口を寄せて。

―オレ達式はできないけど、ついでに祝ってくれてブーケでもこの人にくれりゃそれでいいよ。

解った、と自分の用は忘れて走り去ったそいつを見送った後にその子は結婚式の招待状を二枚差し出した。
一応一人ずつに、と気まずそうだ。

―ありがと、楽しみだね。


当日がどうなったかなんて、俺の口からは言えるわけない。
ただその後ドライフラワーのブーケが火影の執務机に飾られている、とだけ教えてやろう。
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