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十八
ぼそりとこぼしたカカシの言葉は、イルカの責任感を刺激した。わざとらしいわね、と紅は笑ったがそれに便乗する。
「ヒナタなんかもそうよね。イルカ先生の励ましがなかったら苦しくて今まで続けられなかったって言ってたもの。」
うわー知能犯、と先に言い出したカカシが眉を上げれば、皆目配せで口々にイルカの存在の必要性を説く。
「さあ、皆が待ってるから行こうか。」
カカシがイルカの肩を押しやるように抱きながら、並んで歩き出した。
どこへって、勿論貴女のかわいい教え子達の所へ。

校舎の上の方からカカシを呼ぶ女の声が聞こえた。
―カカシ先輩。
イルカには、振り返らずとも今一番心配の種である事務の女の子だと判った。
聞こえない振り。聞こえても呼ばれたのはカカシだ、自分が見る必要はない。
お疲れさん、と言ってカカシは手を振りまた歩き出した。
「いいんですか、ご用じゃないんですか。」
動揺を隠しながらイルカは尋ねた。カカシの顔など見られる筈もない。
「んー、用はないでしょ。いつもの挨拶だと思うよ。」
カカシはあの娘に関心がないようだ、とイルカは少しほっとする。
「何だ、イルカのイライラの原因ってあの小娘なんだ。」
こっそりと紅が耳打ちをした。豪快に口を開けて笑いながら、イルカの手を引いて少し男達から離れた。
「へーそういう事なんだあ。うんうん、あんたらお似合いかもね。ぴったりじゃない、割れ鍋にとじ蓋で。」
言ってから紅は慌てて訂正する。
「馬鹿にしてるんじゃなくて、あの変人に合わせられるのはあんただけって意味で。」
何だかくすぐったい。しかし、カカシがあの娘と付き合っていないという証拠もないのだから、喜んではいられない。
イルカのわずかに困ったような笑顔は、紅にも気持ちが伝わったらしい。二人は無言で、男達の後に付いて下忍のこどもらの待つ森の演習場へと向かった。

中忍選抜試験についての詳細を聞いて、こども達はわあっと歓声を上げた。元々そのために修行し、イルカにも特別に付いてもらっていたのだから。
たかが下忍にこんな破格の扱いをした事はなかったと、今でも火影や上忍師達に向けられる目は厳しい。だからこそ結果を出さなければと、こども達も真剣に修行してきた。
「必ずぅ、全員でぇ、中忍にぃ、なるんだ、ぞぉ!」
おー、と拳を高く上げたのはキバだった。それにならって皆一斉に拳を上げる。
さあこれからは、もっときつくて泣きたい事も増えるでしょう。私はこの子らの涙を拭いてあげる位しか出来ないけれど、せめて拠り所になれれば。
…甘いのかな。でも私はそうありたいと思うの。
イルカは母のような姉のような存在だった。まだ小さな頃、リーが授業中にイルカを先生ではなくお母さんと呼んだのは今でも話のタネになっている。

数日後、イルカの仕事は半年前と変わらぬ勤務形態に戻った。変わった事といえば、上忍師達と個人的な付き合いをしている事だろう。
受付では復帰祝いと称して、イルカに様々な物品が毎日のように届いた。やはり食べ物が多かったが半分は酒のつまみで、次いで各地の地酒だった。そうしてそれは主にイルカと紅の胃に収められていくのだったが、彼女らはお酒はあまり好きじゃないの、としなを作る。嘘つけ、と呟いた男は酒瓶で殴られたとか違うとか。
イルカが通常に戻ってよく見るようになったのは、中忍選抜試験の事で二日に一度は相談に来るカカシと、それを追い掛ける事務の若い女の子。
カカシは自分は中忍選抜試験も免除された部分が多く、中忍時代も記憶にない程短かったから教えて欲しいのだと言う。さすが伝説の人と驚く。


その事務の若い子がカカシを受付所の前やアカデミーの職員室で捕まえるのを、イルカは一週間の内最低でも三日は目にしていた。
彼女は忍びではないから本来は任務や授業に関する書類に触る事も出来ないのだが、人手不足の折りに採用された際にはそれはうやむやで、その後辞めさせる理由もないまま現在に至っている。
カカシを先輩と呼ぶのも親しさを示すための誰かのまねか、そして代わりに報告書を提出してあげるから貸して、などとカカシに言うのも受付のイルカに対する牽制か。
別に私に敵がい心なんて向けなくてもいいでしょう。貴女の方が若くてかわいいし、誰にでも好かれてるし。
イルカに中忍選抜試験の相談に来るカカシとその娘が遭遇する確率は、ほぼ毎回。実は有能な諜報なのではと思う程だ。
しかし一方、若く有望そうな男達にもよく声を掛け談笑している姿に、良く言わない女は多い。イルカは相変わらず性善説で、皆が仲が良ければいいじゃない、と首を傾げる。ただ、はかなげな笑みの理由には誰も気付かない。
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