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十一
「本当に、皆、大丈夫、でしたか?」
うん、と一斉にうなづいて上忍師達はニコニコとイルカに微笑んでいる。
ありがとうございました、とイルカが立ち上がり膝に頭が付く程のお辞儀をすると、お前が礼を言う事じゃないだろ、とアスマが煙草をくわえ、子離れしなきゃね、と言いながら紅は禁煙と書かれた壁の貼り紙を指さして煙草を取り上げた。
過保護だと思うが、何年も成長を見続けていた生徒達はイルカにとって弟妹でありこどもである。特に今年の下忍達は殆どを担任として受け持ったから、思い入れは十分過ぎる程あるのだ。
確かに子離れしなきゃいけないんだわ。あの子達はもう一人前なんだし、上忍師の方々を信じてない事になる。
落ち込みそうなイルカを慰めようと、カカシはするりと余計な事を口にしてしまった。
「でもさ、自分の事を後回しにしないで、女の子としていい時期なんだからもっと人生楽しもうよ。」
「カカシ先生、私ってそんなに地味で老けてて魅力ないですか。」
上目使いにカカシにぶすっとした顔を見せる、柔らかな雰囲気のイルカに皆は少なからず驚いた。半月程前とは違う、可愛らしさが滲み出て来たのだ。
「そんな事はないと思うけど、誰かに言われたの?」
下から覗き込むようにイルカに問い掛けるカカシの癖には、未だに慣れない。
いえはぁまぁ、と曖昧な返事に紅はあんたが言ったんじゃないの、と溜め息をついた。
この後の懇親会にはカカシが連れて行くのよ、と命令口調で言う。
「何で俺が。」
「だって、イルカは行かないに決まってる。行ったって五分で帰るつもりでしょ。」
と指を顔の前に突き出されて、イルカは狼狽した。
行きます、とかろうじて言ったものの、約束通り友達をカカシに紹介したらすぐ帰るつもりでいたのだ。
イルカを待ってる奴らがいるんだ、とガイが意味深な笑みで半ば強制的に行くんだぞ、と念を押す。
よく理解出来ないカカシとイルカだったが、行かなければならない空気だけは読めた。何か理不尽だ、と二人いぶかしげな顔をしたまま会議は進み、終わった。各自の里外任務の報告と担当からの評価を書類に書き込むと、懇親会の始まる時刻は過ぎていた。

さて、と皆会場に向かう。
皆で行くなら別に俺がイルカ先生を連れてかなくてもいいんじゃないか―とカカシは思ったが、イルカと久し振りに話せる事の方が嬉しくて、イルカに合わせてゆっくり歩く。
無理に会話を続けようとしなくても、ふと訪れる沈黙も息苦しくない。二人は自然に笑顔が満開になった。
こいつらやっぱりよく似てるよな、とアスマはくわえ煙草でぼそりと呟いた。
うーん、確かに不器用なとことか、ある意味自分時間で進むとことか、ね。
紅はアスマの感情を読み取ろうとしたが、相変わらず無表情でカカシに嫉妬する風でもない。イルカが好きだというのはやはり自分の勘違いかと思い直す。
面と向かって好きだと言われた事はないが、気づけば側にいて自分を受け止めてくれる。だがその理由は怖くて聞けない。はたから見れば、揺るぎようのない絆で結ばれた恋人達なのだが…。
アスマもまた人の事は言えない程不器用なのだと解っていても、紅は確証が欲しかった。イルカを異性として見ているのではないと、そしてお前だけだと言葉にして欲しいのだ。
あたしって、今どんな顔してるんだろう。
心が狭い女だなあ、と自分に嫌気がさして紅の足は止まった。
何余計な事考えてんだよ。とアスマの声が紅の胸を弾ませた。
「びっくりさせないでよ。何よ、あたしだって悩みくらいあるわよ。」
明るく笑ってみせたが、ぎこちない動きにアスマが眉を寄せて苦笑いし、紅の頭をぐりぐりと大きな手で撫でた。
「痛いじゃない。あーあ、せっかく綺麗にしてきたのに、髪がぐしゃぐしゃになっちゃったわ。」
見透かされてる。あたしって、判りやすいかしら。
アスマの穏やかな笑顔をちらりと盗み見て動揺を抑えながら、紅は俯いて髪を直す振りをした。
「俺には言えない事か。」
アスマの溜め息とともに吐き出された声は、なかば諦めと取れた。紅は気が強く何か言われれば余計頑固になり、悔し涙も惜しくて人には見せられないと言う程だ。
イルカになら言えるか、とアスマは後ろを歩く二人を振り返るが、紅は曖昧に笑って首を横に振り平気よあたし、と顔を上げてアスマを見た。
こんな時はほっとくしかないか、とアスマは火のついていない煙草をくわえたまま、正面を向いて歩き続ける。
「でもな、」
とアスマの足が止まった。紅が並ぶのを待ち、また歩き出す。
「俺は此処にいるぞ。」
え、と紅は思いがけない言葉に肩を揺らした。
「何…。」
だから、な。とアスマはそっぽを向き、歩き続けながら言葉を続ける。
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