八
「何処へ行きましょ。あ、でも授業はいいんですか。俺が誘ったからって、無理に来なくてもいいんですよ。」
またカカシはイルカの顔を覗き込む。
これだよ、この癖。目を合わせるなんて、相手を落とすための高等テクだわね。知らないでやってんのも凄いけど、だからってまずいよって教えてあげるのもなあ。
「今日はお役御免です。多分会議の資料をまとめるだろうと思って、貯まってる有給休暇を取りました。」
「へえ、教師ってそんなのあるんですか。」
肩を並べて歩けるようになった。親しくなれて嬉しい。
だが勘違いをしてはいけないのだ、とイルカは奥歯を噛み締める。
私達は仕事上の付き合いだけで。
私はこの人の、何も、知らない。
「イルカ先生に俺の事を知って欲しい。」
心を読まれたかと驚き、えっ、とイルカは思わず声に出した。望んでいたけれど、無理だと諦めていたからどう反応していいのか、軽く流してしまうにはその言葉はイルカには重かった。
「他の三人の事はよく知ってるみたいなのに、俺だけただの顔見知りでしょ。」
任務上俺の考え方とか知らないと困るでしょう、とくったくなく笑いかけるカカシに、イルカはほっと息を吐いた。
なんだ、やっぱりそんなとこか。それでも、何かひとつずつでも知るのは嬉しいけど。
イルカははい、と曖昧な返事でカカシの次の言葉を待った。
うーんと、何から話そうかね。と立ち止まって考え込む姿が何故か幼い教え子達と重なり、イルカはまた優しく微笑む。
「じゃあ、食堂でお茶でも。」
と言えば、カカシは昼飯がまだなんだ、と腹をさすった。
食べた?、と聞かれ首を横に振ればあんたは前科があるから無理にでも食べさすよ、魚でいいよね、と歩き出す。カカシには既に食べたい物の事しか頭にないのか、飯だ飯だと浮かれている。
行きつけの店だと案内された定食屋は、イルカもたまに食べに行く店だった。日替わりは必ず魚で、ご飯と味噌汁のおかわりはただというのが大食漢には嬉しいらしい。
一般人のおやじさんと怪我で引退した忍びのおかみさんは、今日も楽しそうに言い争っていた。
おやじさんは漁師だったとかで、だから定食には必ず魚を出すのだとか、実は裏メニューに焼肉定食があるのは、忍びのためのおかみさんの配慮だとか、カカシはイルカに知っている限りを山のように盛られたご飯を平らげながら、話して聞かせたのだった。
「カカシ、お前イルカちゃん知ってたの?」
さりげなくカカシの肩に手を置きながら、おかみさんが二人の顔を覗き込む。
「何だよ、姉さん。いいだろそんな事。」
肩の手を振り払いながら、カカシはおかみさんに親しげにぞんざいな口をきいた。
姉さん、と呟いたイルカにおかみさんが笑って、先輩なんてガラじゃないって言ったらほんのひと月年上だってだけでそう言うんだよ、と説明する。
ま、昔の事だけどね。と話を締める、それは暗部時代のだろうかとイルカも口を挟めず、下を向き魚を突き食事を再開した。
姉さんこそ何でイルカ先生を知ってんの、と掛けられた言葉に顔を上げたが、まだ傍らに立っていたおかみさんとあまりにも親しげな様子にイルカはまたすぐ下を向いた。もう二人の会話も耳に入らない。
楽しい筈のカカシとの時間が苦痛の時間に替わってしまったが、イルカの勝手な片思いだからこの感情はただの我が儘だ。
俯いたイルカに気付き、初めて自分で連れて来た女の子をほっといて何やってんのさと、おかみさんはその場を離れた。
ああ、ごめん。と向き直るカカシの無邪気な顔は、どんな女も落とすには充分過ぎると、何度見ても慣れずにどきりとする。
悟られないように溜め息を吐いたイルカは、この先何度も同じ辛さを味わうのだと思いながらも見詰める事はやめないのだろうと、自嘲の笑みをひっそり零した。
店を出て、カカシは
「結局何も話してないね。」
と空を見上げた。まあいっか、また誘おうかね。と頭を豪快に掻くと、呼び出しみたいだからまたね、と一瞬にして消えた。
空には白い雲と弧を描く大きな黒い鳥が見える。眩しさに思わず目を閉じた、その瞼にはカカシの残像が浮かぶ。
これ以上を望まなければ、私はカカシ先生の側にいられるんだわ。気付かれないように、笑っていればいい。
決意を新たに、イルカは自分でも気付かない程僅かな、色を含んだ笑みを浮かべて力強く歩き出した。
そうして、この日から少しずつ変わっていくイルカがカカシも変えていくのだとは、火影でさえも予想しなかったのである。
相変わらずの日常が続いた。
少し体重も戻り、イルカの顔色も元通りに、いやそれ以上に日焼けした。始終下忍達の様子を見て回り、また小さな生徒達の校庭での実習授業が増えたから。
「何処へ行きましょ。あ、でも授業はいいんですか。俺が誘ったからって、無理に来なくてもいいんですよ。」
またカカシはイルカの顔を覗き込む。
これだよ、この癖。目を合わせるなんて、相手を落とすための高等テクだわね。知らないでやってんのも凄いけど、だからってまずいよって教えてあげるのもなあ。
「今日はお役御免です。多分会議の資料をまとめるだろうと思って、貯まってる有給休暇を取りました。」
「へえ、教師ってそんなのあるんですか。」
肩を並べて歩けるようになった。親しくなれて嬉しい。
だが勘違いをしてはいけないのだ、とイルカは奥歯を噛み締める。
私達は仕事上の付き合いだけで。
私はこの人の、何も、知らない。
「イルカ先生に俺の事を知って欲しい。」
心を読まれたかと驚き、えっ、とイルカは思わず声に出した。望んでいたけれど、無理だと諦めていたからどう反応していいのか、軽く流してしまうにはその言葉はイルカには重かった。
「他の三人の事はよく知ってるみたいなのに、俺だけただの顔見知りでしょ。」
任務上俺の考え方とか知らないと困るでしょう、とくったくなく笑いかけるカカシに、イルカはほっと息を吐いた。
なんだ、やっぱりそんなとこか。それでも、何かひとつずつでも知るのは嬉しいけど。
イルカははい、と曖昧な返事でカカシの次の言葉を待った。
うーんと、何から話そうかね。と立ち止まって考え込む姿が何故か幼い教え子達と重なり、イルカはまた優しく微笑む。
「じゃあ、食堂でお茶でも。」
と言えば、カカシは昼飯がまだなんだ、と腹をさすった。
食べた?、と聞かれ首を横に振ればあんたは前科があるから無理にでも食べさすよ、魚でいいよね、と歩き出す。カカシには既に食べたい物の事しか頭にないのか、飯だ飯だと浮かれている。
行きつけの店だと案内された定食屋は、イルカもたまに食べに行く店だった。日替わりは必ず魚で、ご飯と味噌汁のおかわりはただというのが大食漢には嬉しいらしい。
一般人のおやじさんと怪我で引退した忍びのおかみさんは、今日も楽しそうに言い争っていた。
おやじさんは漁師だったとかで、だから定食には必ず魚を出すのだとか、実は裏メニューに焼肉定食があるのは、忍びのためのおかみさんの配慮だとか、カカシはイルカに知っている限りを山のように盛られたご飯を平らげながら、話して聞かせたのだった。
「カカシ、お前イルカちゃん知ってたの?」
さりげなくカカシの肩に手を置きながら、おかみさんが二人の顔を覗き込む。
「何だよ、姉さん。いいだろそんな事。」
肩の手を振り払いながら、カカシはおかみさんに親しげにぞんざいな口をきいた。
姉さん、と呟いたイルカにおかみさんが笑って、先輩なんてガラじゃないって言ったらほんのひと月年上だってだけでそう言うんだよ、と説明する。
ま、昔の事だけどね。と話を締める、それは暗部時代のだろうかとイルカも口を挟めず、下を向き魚を突き食事を再開した。
姉さんこそ何でイルカ先生を知ってんの、と掛けられた言葉に顔を上げたが、まだ傍らに立っていたおかみさんとあまりにも親しげな様子にイルカはまたすぐ下を向いた。もう二人の会話も耳に入らない。
楽しい筈のカカシとの時間が苦痛の時間に替わってしまったが、イルカの勝手な片思いだからこの感情はただの我が儘だ。
俯いたイルカに気付き、初めて自分で連れて来た女の子をほっといて何やってんのさと、おかみさんはその場を離れた。
ああ、ごめん。と向き直るカカシの無邪気な顔は、どんな女も落とすには充分過ぎると、何度見ても慣れずにどきりとする。
悟られないように溜め息を吐いたイルカは、この先何度も同じ辛さを味わうのだと思いながらも見詰める事はやめないのだろうと、自嘲の笑みをひっそり零した。
店を出て、カカシは
「結局何も話してないね。」
と空を見上げた。まあいっか、また誘おうかね。と頭を豪快に掻くと、呼び出しみたいだからまたね、と一瞬にして消えた。
空には白い雲と弧を描く大きな黒い鳥が見える。眩しさに思わず目を閉じた、その瞼にはカカシの残像が浮かぶ。
これ以上を望まなければ、私はカカシ先生の側にいられるんだわ。気付かれないように、笑っていればいい。
決意を新たに、イルカは自分でも気付かない程僅かな、色を含んだ笑みを浮かべて力強く歩き出した。
そうして、この日から少しずつ変わっていくイルカがカカシも変えていくのだとは、火影でさえも予想しなかったのである。
相変わらずの日常が続いた。
少し体重も戻り、イルカの顔色も元通りに、いやそれ以上に日焼けした。始終下忍達の様子を見て回り、また小さな生徒達の校庭での実習授業が増えたから。
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