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きょとんとして聞き返すイルカに、ガイが苦笑しながら説明した。
「やたらと親しげにする事だ。誰彼構わず近付いて話し掛けてな、そこまではいいんだが。」
ずいと隣のカカシの後ろから身を乗り出して、小さな声でイルカに続きを語る。
「女が勘違いをするわけだな、ハハハッ。」
「はあ。」
そんな話をされても、イルカは曖昧に答えるしかない。私に何が言いたいの、と思って眉をしかめるのだった。
しかしな、イルカにはちょいと対応が違うぞ。とガイがにやりと笑う。そこへ何話してんのさ、とカカシが二人に向けて上半身を捻り、酔っ払いはふらついた拍子にイルカに抱き着く格好になった。
ガイと話すために体を乗り出していたイルカに体の大きなカカシが抱き付いたものだから、当然バランスを崩し二人は畳に倒れ込んだ。あっと思った時には、下敷きになったイルカはカカシの青く澄んだ右目と薄い色の長い睫毛を吐息のかかる程近くで見ていた。
「あーイルカ先生、肌綺麗。化粧してなくてもこんなにすべすべだなんて、気持ちいいなあ。」
自分のやってる事が解ってんのかしら、とイルカは思いの外冷静だった。
カカシは指先で、イルカの頬を突いてはごしごしと擦っている。そのカカシの首根っこをぐいと引いてガイがイルカから剥がすと、ほらな、と白い歯を見せてイルカに笑いかけた。
「どんなに酔っても、ここまではやらんぞ。」
「なんか、気に入られちゃったみたいねイルカ。いいの?」
取られてもあんたは構わないの、と紅に暗に聞かれてアスマは意味が判っているのかどうか、
「おにーさんはぁ、酒に酔っての不純異性交遊は許さないぞぉ。」
と言って大声で笑った。
イルカはお返しにとカカシの頬を引っ張ると、
「酔っ払いは手に負えないです。うちの低学年の生徒と同じレベルですかね。」
と茶化して微笑んだ。本当はカカシに抱き着かれた事で、周りに聞こえるのではないかと思う程胸の鼓動が高鳴っていたのだが、それは決して誰にも知られてはならないと、震える指先を拳の中に握り締めて。
気付くな、誰も気付くな。
呪文のように唱えながら、イルカはカカシの隣で平静を装う。流石に紅はそのそぶりに何かを感じたようだが、ただイルカを見詰めているだけだった。
その食事会は、多分成功したのだろう。イルカも幾分カカシに懐を開いたように見えたのだから。
慣れなきゃ、と頑張ったイルカは帰り道には言葉少なであったが、カカシと軽い冗談が交わせるようになったのだ。

そして三回目の会議の今日。
おかげで気負いはあまりないのだが、下忍となったこどもらに問題が出てきたようだ。
どうも任務がつまらないと言っているらしい。慣れてくると必ず陥る、過信という名の罠である。
上忍師らも感じていたのか、少し危険な上位の里外任務に付かせたいと、こぞって提案した。
「まだ卒業したての、下忍とは名ばかりの子達です。」
「俺達は全て承知して言ってるんだよ。」
イルカは声を荒げて反対したが、言い合いの末に子離れしろとカカシに諭されて、涙を溜めながらも許諾せざるをえなかった。
解っているんだけど。
と袖で顔を隠すイルカをよしよしと抱いて背中を叩くアスマに、紅はまた眉間にしわを寄せ、複雑な顔で窓の外の枯れ木だらけの薄暗い空を見遣った。
カカシはすれ違いざま紅に心配すんな、と呟くように言うとイルカの顔を覗き込み、
「授業は無理ですねぇ。バックレちゃいましょうか。」
と目を細めて笑いかけた。
「泣かせたてめえが言うか。」
とアスマはカカシに拳を突き出すが、もう少しこいつに慣れた方がいいかもな、と口の中でもそもそ独り言のように言ってイルカから離れた。
行くぞ、と紅を呼んで、ガイに新しいクナイを自慢しながら歩くアスマを先頭に、三人は会議室を出て行った。
アカデミーの教室から離れたこの別館は、主に任務の打ち合わせに忍のみが使用する。今日は何もなかったのか、人の出入りがない。三人の声だけが遠ざかる。

行きましょ。とカカシはゆっくり歩き出した。会議用の広い部屋に、カカシの足音が微かに響く。
ああ、わざと音をたててくれてる。私が怖がらないように。
何も怖い事はないんだよ、と広い背中が言ってるようで、それはとても嬉しいけど、鈍感だって散々に言われるこの人が変な所で見せる気遣いはホント判んないよねぇ。うん、勘違いしちゃうわ。
それが解ってても、もっと好きになっちゃう自分も馬鹿かな、とイルカは肩を竦めて笑った。
「あ、何が可笑しいんですか。」
と振り返ったカカシに言われて、イルカは心がほぐれるのを感じた。内緒、とはぐらかす余裕がある自分が嬉しい。
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