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「後で詳しく話すが、下忍達の管理に回ってもらう。心しておけよ。」
言い置いてきびすを返す火影の背中に、イルカははあ、と間の抜けた返事を返すだけだった。もっと叱られると覚悟をしていたから、拍子抜けしてしまったのだ。

その日の内に呼び出され、イルカは正式に辞令を受け取った。
上忍師に付く下忍達の、心技体の習熟度を定期的に報告しろと言うのだ。わざわざイルカのために作ったと判る仕事を、中忍試験受験の判断に使うから、と大義名分を付けて。

火影からの辞令を手にしたイルカは、職員室で目の前に貼ってあるカレンダーに視線をやりながら、取り留めない事を考えていた。
下忍達って、今年卒業したあの子達の事だよね。上忍師って、紅先生やガイ先生の事よね。…カカシ先生もそう、なのよね。たまにはお話出来るのかなあ。嬉しい、けど恥ずかしいな。
思わず緩む頬を引き締めようと歯を食いしばってみたが、それでも喜びは隠せない。同僚からは不審がられ、倒れて頭を打ったんじゃないかと額に手を当てられもした。
ゆうべカカシに送られて帰宅した事だけは誰も聞いていないようだったが、イルカが貧血で倒れたとあの交代の夜間受付員は誰彼なく話したらしく、その日は会う人全てに心配され、怒られもした。笑って過ごすが、イルカの青白く痩せた姿では誰も怪しむだけだろう。
倒れた翌日の今日は、イルカは受付から外されていた。だから、放課後職員室で急がなくてもいいゆとりの時間を持て余して、つい居眠りをしたのは許される筈だ。
かくりと体を揺らして居眠りから覚めたイルカは、照れ隠しにさてと、と大きな声を出し書類を作成する事にした。様式すら一から決めなければならない。基準も何もないとなれば、上忍師達から教えを請わなければ作れないだろう。一人ずつ聞いて回っても埒はあかないと思い、イルカは待機所に出向く事にした。そうと決めるといきなり胸がどきどきし、汗をかき始めた。
こどもと同じだわ、見てるだけでいいなんて。
でも、それ以上は望まない。どうせ身分違いだし、自分よりもっと素敵な人はいるし、とイルカは消極的だ。その自信のなさは、普段から周囲をヤキモキさせていた。何事に付け自分を卑下するイルカが実はとても魅力的なのだと、イルカ以外は皆知っている。

取り敢えず挨拶はしておこうと、上忍待機所に向かった。部屋の前で息を整えて、声を掛けようとしたところで後ろからよう、と反対にイルカに声が掛かった。
必要以上に驚いて、イルカは持っていた下忍達の資料を落としてしまった。慌ててしゃがみ込み拾おうとするが、かえってあちこちに散乱していく。くくっと笑い声が聞こえ、見ればカカシが膝を着き、一枚ずつ丁寧に整えてくれていた。
「もういいの。」
一瞬何の事なのか理解出来なかったが、昨日の事だと思い付き、イルカは遅れて小さくうなづいた。
良かった、と細められた目に冗談だか本気だか、これじゃあたいていの女なら堕ちるよなあ…と思いつつイルカはご迷惑を、と頭を下げた。
「何内緒話をしてんだよ、カカシ。ナンパか。」
と頭上から声がして、イルカがしゃがんだまま見上げるとアスマが笑っていた。
「ようイルカ。悪かったな、驚かせて。で、何か中に用か。」
くわえ煙草の灰を落として、しまったとごまかし笑いをしながらアスマはイルカの手の中の書類を覗き込んだ。
イルカは手短に説明しご挨拶に伺いました、と小首を傾げた。自覚のないその仕種が可愛いと、アスマはイルカの頭を撫でる。
「こどもじゃないですっ。」
アスマの力では撫でただけでも髪が乱れ、イルカは額宛てを外して直そうとした。しかし片手は書類で塞がれ、高く結った髪を結い直す事は出来ず、仕方なく額宛てを持ったまま立ち上がった。
「相変わらずいいデコだな。」
アスマが額を叩こうとするのが解り、その手を軽くはたきイルカはいーっと、それこそこどものような顔をした。
「え、知り合いだったの。」
カカシは二人を代わる代わる見て、眉を上げて不思議そうに呟いた。
ああまぁ、こどもの頃少し、こいつがうちに引き取られてたんだ。と間を開けてから話すアスマに、カカシはふうんと空気を読み、それ以上を聞かない。

イルカ先生、天涯孤独だって聞いてたから、あの頃か。女の子一人じゃ大変だったろうに。
九尾に両親を殺された、なんてナルトを責めるような事は決して言えない。例え自分に悪気はなくとも、受け取る側は違う意味に取るかもしれないから。実際どんなにイルカがナルトを可愛がっても、我慢して面倒を見ているとしか周囲には映らないらしい。
だから、辛いだろう憎いだろうと言われてもただ小首を傾げて遠くを見るイルカに、火影やアスマは声も掛けられずにいたのだ。
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