19 月齢十七
結局昨夜もろくにイルカを眠らせず、いやオレも眠らなかった訳だが、月明かりを浴びて青白く浮かぶなまめかしい裸体の背中にはまた紅く蝶が顕れて、どうも交わりの時に見えるようだと気が付いた。
ほんの僅か目に見えない位欠けた月を見ながら、オレはふと満月の前後って妊娠し易いんですって、と意味も無く呟けばそれはいいですねえとイルカも月に顔を向けた。その細められた目と口元だけを上げて微笑む様はどこか狂気染みていて、イルカでは無いような、いやイルカの形をした何かのように思えた。オレの全身を走る悪寒は何を予感したのか。
以前にも感じた違和感。里外の任務から帰って感じた奇妙なものは、何だと云うのか。消え入りそうに華奢なイルカを強く抱き、朝目を覚ましても腕の中に居ますようにと願った夜だった。
今朝、布団の中のオレの隣はすっかり冷え、昨夜の恐怖を思い出し本気でイルカを探したが、出勤すると云う置き手紙に力が抜け、台所の床に座り込んでしまった。
オレは今日からまた上忍師としての日常に戻る。
さて、と呟いて一人用意された朝メシを食い、行くかと玄関で空を見上げた。おや大分空が青く高い気がするねぇ。金木犀の甘ったるい匂いが女の香水を思わせて胸が焼ける。イルカからは決して匂わないもの。必要の無いもの。
いつもはうざったい子ども達も久々に会うと可愛く思える。オレの事を聞き及んでいるのか、怖ず怖ずと尋ねるナルトが照れたようにイルカを心配するので、後でアカデミーに会いに行こうと誘ってやると破顔して跳び回るのがまだ子どもらしくて、イルカが教師を続ける理由を解るものだなと、オレもつい微笑んでしまった。
だけど。イルカの笑顔をお前達に分けてやるのももうそろそろ終わりにしたいもんだ。余分な事を考えて欲しくない。一日中オレの事だけ考えて、オレの為に生きていればいいんだ。
笑顔を引っ付かせてイルカの為にと周りのご機嫌を取るのも疲れて来たし、何かめんどくさいよなぁとまた空を見上げながらつらつらと考えている内に、今日の任務は終わっていた。
まだ午後も早い時刻だが、イルカの授業も終わった頃かと子ども達を促すと、珍しい事にサクラが先頭を切って走り出した。サスケでさえそれを追うように小走りになるのも腹が立つ。イルカは誰にでも好かれるってのは理解しているが、やっぱり腹が立つ。
のんびりと歩いたオレがアカデミーの職員室に着いた頃には、三人は既に片隅の来客用のソファに座ってイルカの帰り支度を待っていた。一緒に帰ってくれるって、と皆嬉しそうだ。
イルカは同僚達と明日の授業の打ち合わせで、書類の山を片っ端から崩しながら、必要な紙切れを一枚ずつ拾っている。オレを認めるとそれらを放り出して側に走り寄って来て、もう少しだけと頭を下げる。後ろの同僚は放り出された書類を纏めながらオレに向かい、すみませんイルカをお借りします、と笑って謝るので手を振り、構わないからとオレはやはりソファに座った。いつこいつらにオレ達の事が知られたんだろう、と思ったオレは自分で廃人にした男に纏わる噂を知らなかったのだ。カカシの呪い、と呼ばれるそれを。
サクラがオレに小声で話し掛ける。イルカ先生何か変わったみたい、と。以前から綺麗だとは思っていたけど、大人の女性って感じがしてきたの。
うっとりとして、あんな風に為りたいとサクラはませた事を言い、でもね、と首を傾げる。
子どもっぽい所も見えて来たの。アンバランスで可愛いんだけど、どこか何か、イルカ先生らしくないと思って、と同性の目は厳しい。
ナルトは変わんないぞぉ、と出された茶菓子を頬張る。俺には優しいし、わかんねーけどと言うのを、サスケが雰囲気違うぞ、とぼそりと呟く。控え目で気配り上手だったけど、今見ると何か違う感じがする。と流石に冷静に見ているようだ。
オレはイルカを手に入れたのだと浮かれていたから気付かなかったが、こうして見ていると、雰囲気だけではない何かが違う。子ども達の方が付き合いが長いから判るんだろうねえ。しかしオレ達は違和感の理由が見付からないまま、仕事を終えたイルカと帰り道を歩く。
残業は、と問えば邪魔だそうですと顔を赤らめ、持ち帰りましたと膨らんだ鞄を叩いた。以前なら有り得ない事だが、オレを優先してもらう喜びにすぐ忘れてしまった。
明日は早くから外に行くので、と帰宅を告げれば肩を落として、この世の終わりのような顔をする。無傷で帰りますからと、子ども達に見えないように素早く口付けて、待っててくださいねと掌を指でなぞった。その行為が意味するものを瞬時に悟り、イルカはたちまち頬を染めて俯いた。
本当は夜中に出発する任務だが、言える訳は無い。いつもと違う服に着替えたオレは、月明かりを受けて門の上に立っていた。
結局昨夜もろくにイルカを眠らせず、いやオレも眠らなかった訳だが、月明かりを浴びて青白く浮かぶなまめかしい裸体の背中にはまた紅く蝶が顕れて、どうも交わりの時に見えるようだと気が付いた。
ほんの僅か目に見えない位欠けた月を見ながら、オレはふと満月の前後って妊娠し易いんですって、と意味も無く呟けばそれはいいですねえとイルカも月に顔を向けた。その細められた目と口元だけを上げて微笑む様はどこか狂気染みていて、イルカでは無いような、いやイルカの形をした何かのように思えた。オレの全身を走る悪寒は何を予感したのか。
以前にも感じた違和感。里外の任務から帰って感じた奇妙なものは、何だと云うのか。消え入りそうに華奢なイルカを強く抱き、朝目を覚ましても腕の中に居ますようにと願った夜だった。
今朝、布団の中のオレの隣はすっかり冷え、昨夜の恐怖を思い出し本気でイルカを探したが、出勤すると云う置き手紙に力が抜け、台所の床に座り込んでしまった。
オレは今日からまた上忍師としての日常に戻る。
さて、と呟いて一人用意された朝メシを食い、行くかと玄関で空を見上げた。おや大分空が青く高い気がするねぇ。金木犀の甘ったるい匂いが女の香水を思わせて胸が焼ける。イルカからは決して匂わないもの。必要の無いもの。
いつもはうざったい子ども達も久々に会うと可愛く思える。オレの事を聞き及んでいるのか、怖ず怖ずと尋ねるナルトが照れたようにイルカを心配するので、後でアカデミーに会いに行こうと誘ってやると破顔して跳び回るのがまだ子どもらしくて、イルカが教師を続ける理由を解るものだなと、オレもつい微笑んでしまった。
だけど。イルカの笑顔をお前達に分けてやるのももうそろそろ終わりにしたいもんだ。余分な事を考えて欲しくない。一日中オレの事だけ考えて、オレの為に生きていればいいんだ。
笑顔を引っ付かせてイルカの為にと周りのご機嫌を取るのも疲れて来たし、何かめんどくさいよなぁとまた空を見上げながらつらつらと考えている内に、今日の任務は終わっていた。
まだ午後も早い時刻だが、イルカの授業も終わった頃かと子ども達を促すと、珍しい事にサクラが先頭を切って走り出した。サスケでさえそれを追うように小走りになるのも腹が立つ。イルカは誰にでも好かれるってのは理解しているが、やっぱり腹が立つ。
のんびりと歩いたオレがアカデミーの職員室に着いた頃には、三人は既に片隅の来客用のソファに座ってイルカの帰り支度を待っていた。一緒に帰ってくれるって、と皆嬉しそうだ。
イルカは同僚達と明日の授業の打ち合わせで、書類の山を片っ端から崩しながら、必要な紙切れを一枚ずつ拾っている。オレを認めるとそれらを放り出して側に走り寄って来て、もう少しだけと頭を下げる。後ろの同僚は放り出された書類を纏めながらオレに向かい、すみませんイルカをお借りします、と笑って謝るので手を振り、構わないからとオレはやはりソファに座った。いつこいつらにオレ達の事が知られたんだろう、と思ったオレは自分で廃人にした男に纏わる噂を知らなかったのだ。カカシの呪い、と呼ばれるそれを。
サクラがオレに小声で話し掛ける。イルカ先生何か変わったみたい、と。以前から綺麗だとは思っていたけど、大人の女性って感じがしてきたの。
うっとりとして、あんな風に為りたいとサクラはませた事を言い、でもね、と首を傾げる。
子どもっぽい所も見えて来たの。アンバランスで可愛いんだけど、どこか何か、イルカ先生らしくないと思って、と同性の目は厳しい。
ナルトは変わんないぞぉ、と出された茶菓子を頬張る。俺には優しいし、わかんねーけどと言うのを、サスケが雰囲気違うぞ、とぼそりと呟く。控え目で気配り上手だったけど、今見ると何か違う感じがする。と流石に冷静に見ているようだ。
オレはイルカを手に入れたのだと浮かれていたから気付かなかったが、こうして見ていると、雰囲気だけではない何かが違う。子ども達の方が付き合いが長いから判るんだろうねえ。しかしオレ達は違和感の理由が見付からないまま、仕事を終えたイルカと帰り道を歩く。
残業は、と問えば邪魔だそうですと顔を赤らめ、持ち帰りましたと膨らんだ鞄を叩いた。以前なら有り得ない事だが、オレを優先してもらう喜びにすぐ忘れてしまった。
明日は早くから外に行くので、と帰宅を告げれば肩を落として、この世の終わりのような顔をする。無傷で帰りますからと、子ども達に見えないように素早く口付けて、待っててくださいねと掌を指でなぞった。その行為が意味するものを瞬時に悟り、イルカはたちまち頬を染めて俯いた。
本当は夜中に出発する任務だが、言える訳は無い。いつもと違う服に着替えたオレは、月明かりを受けて門の上に立っていた。
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