うみのイルカを拾った。道に落ちていたから拾ったんだ、という言葉は間違ってはいない筈だ。誰もいない明け方に、道端のごみ集積所の囲いの中に転がっていたのだから。
太陽が昇り始める直前の薄暗い道で、よく気付けたと自分を誉める。脇を通りすぎる瞬間、たまたまイルカが寝返りを打ち紙袋やポリ袋ががさりと音を立てたからだけど。
そちらを振り向き目に入った人影。一目で判った、うみのイルカだ。近寄って覗き込めば酒の匂いがむわっと立ち昇ってきた。そうしてはたけカカシはイルカに声をかけ、返事がなかったので持ち帰る事にしたのだった。
酒に弱いのではなく、疲れているから眠りが深いのだろう。独楽鼠のようにくるくる立ち働くイルカがしょっちゅう目に入っていた。働きすぎだとどれだけ心配したことか。うん、ちょうどいい。
「……オレが拾ったんだからオレのもの。誰にもやんない。」
カカシは中忍以上着用の規定ベストの襟首を掴んで引き摺りながら、盛大な溜め息を地面に向けて吐き出した。
重くて大変なわけではない。イルカは女の忍びの中でも小柄で細身で、多分片手で脇に抱えて歩けるだろう。カカシの忍犬にはもっと重い奴もいる。
カカシはただ疲れているのだ。
ほぼ朝帰り。仕事からの朝帰りなんて何が楽しいものか。幼少から任務ばかりのカカシは、女の家からの朝帰りさえ経験した事がない。まあそれは、睡眠中隣に他人の気配がある事に我慢できないカカシにも問題があるのだが。
人に聞けばやはり気配が駄目だと似たような者はいたが、カカシ程酷くはないらしい。お前は一生結婚どころか同棲すらできねえな、と大笑いされた事も数知れず。
のろのろと歩きながらふと気付けば舗装されていない地面には、投げつけるのにちょうどいい大きさの石がごろごろ転がっている。あ、この上を引きずってたら痛いよな。と振り向くがイルカは上機嫌でなにやら呟いているだけだ。酔うと感覚が鈍るから、痛いと喚き出すまでこのままでいいか。
「あぁん、落ちるぅ……いやあん、」
くそ、とうとう目が覚めたかと立ち止まれば、地面に擦れてずり下がるズボンを気にしている。見付けた時には既に着崩れていたが、今は脱げないようにと無意識に両手でウェスト部分を握り締めている。
腹辺りの素肌が覗く。いい臍の形、腹に無駄な肉も付いていない。そして意外と肌は白い。
普段隠されている部分を確かめてみたい、とつい思ってしまったカカシは我が事ながら興奮し始めた下半身に呆れた。疲れマラってやつか。でも疲れすぎてて使えないかもしれないよなあ。
顔を上げればいつの間にか、辺りの景色の輪郭がはっきりカラーで見えるようになっていた。
「朝だーうちももう少しだー頑張れーじぶーん。」
やっと到着した六代目専用自宅。歴代火影が使用した公邸は広すぎると、一人暮らしの長かったカカシはその辺のアパートでいいと断った。散々揉めて妥協案でせめてこれでと提示された、日向一族の由緒も歴史もある空き家を譲り受ける事で決着を着けた。カカシはこの五部屋しかない平屋を終の住みかにしたいと思う程、最初から気に入っている。
ただいまーと誰もいないが声をかける。家が喜んで住み心地が良くなるんですよ、と以前イルカに教わってからの習慣だ。
あ、オレ達きったねえ。引きずってきたイルカはもとより、カカシも昨日はマンションの建設現場を回っていたのだ。上がりかまちで気付くとカカシはイルカを腕に抱えて器用に足だけで靴を脱いだ。廊下に座るとあぐらの中にイルカを横たえ、その靴を脱がせる。触られても起きる気配は全くない。
「眠いけど、このまま寝たら布団汚すよなあ……かといって風呂も……。」
その時靴箱の上に良い物を見付けた。犬用の毛布だ。そろそろ捨てようと思いながら、いつごみ集積所に出せばいいのか解らず放置されていたのだった。
木の床なら簡単に掃除できる。今は真冬ではないし、家の中は任務中の野宿より遥かにましだとカカシは毛布でイルカをくるみ抱いて廊下に寝転んだ。ほうと息を吐いた瞬間、カカシは意識を飛ばした。
きゃあと甲高い声が耳元に響き、カカシはびくりと身体を震わせた。何が起きたかと焦るが瞼は上がらない。頭も霞がかかっている。
声が止まったので、カカシはまた緩やかに眠りの沼に落ちていく。
「カカシさ、……六代目。起きて下さいよ、腕、外して下さい。」
弱々しい声に、寝ぼけたまま駄目と答える。
「あんた落ちてたの、拾ったのオレ。オレのもの。」
その後すぐにすうすうと寝息が聞こえたが、意識がなくともカカシの腕の力は抜ける事がない。授業は午後だからまあいいかとイルカも目を瞑り、それ以降二人は午前中いっぱい起きる事はなかった。
さてどうしてそれから拾われたイルカがカカシのお嫁さんという事になったかは、二人をよく知る周囲の者達に聞いてみるのも楽しいだろう。



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