6

日が昇ると木乃葉屋だけでなく、近所の旅籠も朝早くから出立する客を見送るのに忙しい。
カカシは店先ののれんを潜ろうとして、中から次々と出てくる人々に阻まれてたたらを踏んだ。
東海道を国に帰る武士の一行を見送る為に、表に出てきたのはアスマだった。行列が人波に紛れるまで深々と頭を下げていたが、やがて身体を起こして腰を軽く叩きながらカカシに向き直った。
二人は会った事はない。だがアスマは親父から聞いていると、挨拶より先にカカシの腕を掴んで脇に引っ張った。
「おめえ、邪魔だ。」
「あの、イルカ殿に、」
「おぅ? こんなくそ忙しい時間に来やがって。」
喧嘩腰に見えないでもない物言いに、カカシの眉が寄って右足と右肩がすっと前に出る。
「刀を抜くな。」
指摘されてカカシははっと気付く。
「申し訳ない。」
「骨の髄から侍だな。」
アスマは笑ってイルカは母屋だから裏に回れと木戸口の方向を指した。
隣家との間の小道を入る。表の宿屋からの塀が一旦終わり、新たにアスマの言う母屋の板塀が始まったが、内側の屋根は松田の江戸屋敷と変わらない位大きな気がするとカカシは思いながら歩いた。
それでも板塀の先に小さな木戸が見えて、カカシは知らず溜め息をついて立ち止まった。
脇道だから表門はないのか、と覗いた前庭からの屋敷は大きな玄関の作りを塞いで狭めてあった。
隔離されているような。
「わざとだ。」
いつの間にか現れたアスマが少しだけ時間が取れたとあくびをしながら、イルカが夢見の事で襲われないとは限らないからだと言った。
大人の男一人が頭を下げて通れる程に小さな木戸と、板塀の尖った先は利にかなってはいるけれど。でも、それでも。
「まあイルカはなぎなたが強いし、屋敷もこの大きさだからな。」
カカシを中に通しながら、アスマは声を潜めて楽しそうに笑った。
「からくり屋敷にしちまったらしい。」
こっちにはあまり来ないし、隅々まで見た事がないから先ず自分が掛かりそうだ、とアスマは大笑いする。
腫れ物に触るようだ、とは流石に言えなかった。
アスマが脇の濡れ縁から、声を張り上げてイルカを呼んだ。
ととと、とアスマに走り寄るイルカは明るく可愛らしい。
抱き締めたい―と自分の思考にカカシは慌てた。それでも奥歯を噛み締め平静を装う。
アスマは暫くイルカと立ち話をしていたが、じゃあなと二人に手を上げて宿屋に戻っていった。
「畠様がまたいらしていただけるなんて、あたしは嬉しゅうございます。」
また三つ指着いて、礼儀正しいイルカは育ちの良さが滲み出る。愛されているのだとほっとする。
松田様の人探しが終わってもここに来る理由を見つけたい、とカカシは既に先を考えていた。
「あたしの部屋で宜しいですか。夢見はそこでないと嫌なんです。」
「落ち着く所が一番ですよ。」
空気が柔らかい。イルカの側は安らぐ。
イルカ自らが淹れた茶を啜って漸く、カカシは緊張で喉が乾いていたと知った。
カカシは知る限りの事情を話した。
「松田様はその方の消息を、十年以上追っておられたのです。」
松田の正妻は昨年病死し、今は誰憚ることなく愛した女とその娘を探せる。
「松田様のお子様は、イルカ殿とあまり変わらない年頃らしいのです。」
イルカの顔が曇った。母娘が無事なら良いのだが、それはないだろうと自分の冷静な声が頭に響く。
何故、何故判る。判るのだ、断定だ。
二人とも? それは解らないけれどどちらかは、確実にいない。
自分を姫などとからかう、最初から居丈高なところもなく優しい松田にまだそれは告げたくない。いつか、もう少し後ではいけないの。
「物探しくらいなら、眠らなくても集中すれば解るのですが。」
暗に帰れと諭す。夢見は心を許した者だけを側に置くのだから。
「あ、」
ではカカシは、とあの晩を思い出した。自分からすがったのを覚えている。
初対面の方に、あたしは何故。
疑問ばかりが胸に渦巻き、イルカは座っているのに目眩を起こした。
「イルカ殿、ご気分がすぐれないようですか。」
膝で擦り寄ったカカシは、イルカの背をそっと擦りながら心配そうに顔を覗き込んだ。
「凄い汗ではないですか、震えておられるし。」
汗は拭いてやれるがその後はどうすれば良いのだろう。カカシは誰か、と人を呼んだ。
「誰も、おりません。」
はっはっと浅い息の合間にイルカが答えたが、ばたばたと足音が近付き二人の子供が顔を出した。
「イルカ、おいらがいる。」
「馬鹿ナルト、おれの方が役に立つ。」
「あんだと、サスケ。」
「イルカを助けてからにしろ。」
達者な言葉の割に小さな子供らが、水を張った桶と手拭いを持ってきて慣れた風にイルカを並べた座布団に寝かせた。
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