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この章の後が行方不明になりました。完結しておりますが…どうしてかな…。誰か教えて。


紅の章
…この人知ってる。なんであたし、この人、え、なんで。
手足の先が冷えてきて、それなのに汗が滲む。気持ち悪い。イルカは手拭いを握り締めながら、舞台の若者を見詰め続けた。もう話の筋などどうでもいい。
その若者と、目が合う気がする。客席を見渡すのはお愛想なのだろうが、度ごとにイルカと目が合うのは気のせいなのか。
役者が花道へ出てくると思っていたよりもかなり近く、イルカはまだ引かない嫌な汗を拭いながら、化粧が落ちるのを気にして俯いていた。気のせいではなく、確かに見られていたと解ったのは、男が花をイルカに投げたからだ。ぽんと膝に投げられた小さな花束は、芝居の小道具だったのだが。
驚いて動けないイルカの回りでは、娘達の叫びが五月蝿い。脇から何本も手が伸び、その花束を奪おうとするのを、アンコは一喝した。
「これはイルカの物っ!」
その剣幕に伸びた手は引っ込められ、少しだけ静かになる。舞台の上にもアンコの声は届き、そして若者がひそやかにイルカ、と呟いたのには誰も気が付かない。本当に、お前なのかと。
芝居が終わると、イルカは迎えに来ていたゲンマに従ってそそくさと帰る。いつもならまだ帰らないと駄々をこねるが、今日はそれもなく。
ありがたい、一人になりたかったから。帰ると店番に追われて何も考えられなかったが、それもまたよかった。
ふう、と部屋に戻った途端に出た溜め息で、漸く緊張が解けた。ぺたりと座り込む。ふと文机の上を見ると、あの役者雪乃丞が投げて寄越した花束が花器に活けられていた。すっかり忘れていた、とにじり寄って机に寄り掛かり、改めて花を見る。なんだっけ、この季節に珍しい花。
眠気が襲う。夢心地の中、ああ思い出した。これは着物を染める紅花だわ。爪も綺麗に染められるって、聞いた、事が…。
イルカの意識はそこで途切れた。
あ、と目を覚ませばうたた寝していたようだ。顔を起こすと側に誰かが座っている。使用人の誰かが起こしに来たのかと、イルカがそちらに向き直ると。
「ああ、やっぱりお前だね、イルカ。」
違う、家の者ではない。驚き、イルカは後ずさるがすぐ壁に突き当たった。逃げられない、と咄嗟に目を閉じ体を縮めたが、声の主はそっと近付きイルカの頬を撫でただけだった。
「目を開けて俺を見て。」
優しく言われてゆっくりとその通りにすると、目の前に笑う男の顔があった。
「賊なの? 雪乃丞なの?」


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