「ねぇおねーさん、何を探してるの?」
「うーん髪飾りなんだけど…え?」
後ろから掛けられた声に驚いた。思い切り振り向けば、直ぐ後ろにいたのかイルカの頭上高くで結ばれた尻尾のような髪にパシリと叩かれて、その声の主が痛いよ、と笑った。
「えっ、あっ、暗部?」
白い動物面に剥き出しの肩、黒いシャツの上に胴だけを覆う白い防護服。
よくよく見れば自分とさして違わない体格はまだ少年のようで、つい疑って左肩を覗くと確かに暗部の入れ墨があった。
「髪飾りを、どうしたの?」
面の下のくぐもった声は声変わりが終わったばかりなのか、こどものように甲高くも大人のように太くもない。
「うん、近道をしようと思って林の中の獣道を走って来たんだけど、小枝に引っ掛けたみたいなの。」
足元の草むらに目を凝らしながら、イルカが返事をする。此処だと思うんだけどなあ。
髪の結び目に手をやり、母様の形見の大事な物だから、と俯いた憂いのある横顔が艶めいて、一瞬にして少年の心をさらった。
胸の高鳴りが急に耳に聞こえ顔に熱が集まるのが解り、面があって良かったと少年は平静を装う。
「何で近道なんかしたのさ。」
ごまかすために話を振ると、イルカは本来の用事を思い出し
「遅刻しちゃうからじゃない!」
と時計を取り出して慌てた。
どうしよう、間に合わない、でも髪飾り、と右往左往するのがまた可愛くて、思わず口から滑って出た言葉に少年は自分でも驚いた。
「探しといてあげるよ。明日の朝もう一度此処に来て。」
渡りに船とばかり、イルカは目を輝かせてお願いと、胸の前で手を合わせた。ありがとう、と手を振りながら走る様子も可愛いなあとでれっとしていると、不意に立ち止まり
「私ねうみのイルカっていうの、貴方の名前は? あ、教えられないのよね、ごめん変な事聞いて。そうよね、駄目よね。」
と慌ただしく自己完結してまた走り出した。
その後ろ姿にぼそりと呟く。
「オレは、はたけカカシ。」
絶対に呼んでもらえないと知っている。暗部でいる限りお前に名前はないと、入隊する時に言われた。
「まあ、いいんだけどね。」
と自分に納得させ、カカシは髪飾りを探し始めたが、それの形も色も知らない事に気が付いた。
「おっちょこちょい。」
くすっと笑って、獣道に不似合いな装飾品が落ちていたら多分それなんだろうな、と取り敢えず探す事にしたのだった。

「あったじゃん。」
程なく見付かったその髪飾りは、価値はカカシには解らないけれどとても綺麗な物だと思った。大きめの真っ赤な宝石の周りを小さな黒い石が取り囲む。銀細工の細かな模様が石の間をくぐり抜けて、職人の腕の正確さを教えた。
ぴゅうっと鳥が鳴き、カカシは今行きますよと、それを両手に大事そうに包むと一瞬にして消えた。

翌朝、カカシはそわそわとかなり早い時間からイルカを待った。
「おねーさん!」
高い木の上から音もなく飛び降りて、カカシは飛び付く勢いでイルカに駆け寄る。
「見て、あったよ。」
そっと広げた掌には、イルカの髪飾りがあった。
「本当!嬉しい、ありがとう。」
イルカはそれをカカシの両手ごと包み、頬に擦り寄せた。その頬の柔らかさにカカシは驚き、思わず手を引いた。
「あ、ごめんなさい。つい…。」
とイルカも頬を染めて手を引く。
少しの沈黙の後、イルカは躊躇いがちに口を開いた。
「お礼をしたいんだけど、」
「じゃあ、時々会ってくれればいい。」
物で終わるのは嫌だと、言われる前に言ってやった。
思いがけない言葉に、イルカは首を傾げた。そんな事でいいの、と目をみはり満面の笑みをたたえ大きく首を縦に振る。子どものような仕種に、年上だというのにカカシは庇護欲を掻き立てられた。可愛い。
「ねえ、今日は時間はいいの?」
とイルカの腕時計を指せば、大変、とまた慌てて走り出し止まった。
「会うって、いつ何処で?」
カカシはぐるりと辺りを見回し、高い位置のある一点を指差した。あの林の入口の杉の木に、手紙を結んどくから。直ぐ判るよ。
「でもね、オレは顔が出せないから、場所と時間は指定させてね。」
と落ち着いて言う少年の置かれている立場を思い、イルカはカカシから目を逸らし、じゃあ行くから、と逃げるように駆け出した。
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