一日目

まず、お知り合いになりましょう。
あなただけが一方的にお相手をご存知だとしたら、お相手にあなたという人を教えてさし上げなければなりません。
その際の注意点ですが、決して押しまくらない事です。さりげなく、良い印象を持ってもらうために笑顔を絶やさずに。


「なるほど。」
上忍はたけカカシ、ちょい前に二十代も後半に突入したいいトシの男が読む本は。
『十日間で恋人になる方法を教えます』

いつものエロ本の内側に挟んで下忍の三人の部下達にはカッコつける上忍はたけカカシ、ちょい前に二十代も…(以下略)。

だがしかし、アカデミーを卒業したばかりの三人、春野サクラとうちはサスケとうずまきナルトは知っていた。カカシが何を読んでいるのか。
片想いの相手を時折思い出し、おろそかになった手元からは表紙が見えるのだ。
はっと我にかえり慌てて体裁を整える、そんな間抜けな姿も見て見ぬふりをするけなげな子ども達だった。
確かに単純な農作業に体は疲労を訴えてはいるが、それよりも心の疲労の方が遥かに上だと年端もいかない彼らが溜め息をつく、最大にして最悪な理由がある。

大事なイルカ先生を、こんな馬鹿に取られたくない。

この春先まで担任だったうみのイルカ、忍者養成学校通称アカデミーの教師。今が盛りの二十代前半女子、中忍。そしてカカシの熱烈なる片想いの相手。
だがカカシは、イルカと出会って三ヶ月もたつのに受付以外で話した事はない。それも両手で足りる。恥ずかしがりのこの男は、ただイルカを見ているだけで幸せだったから。
それが何をどうしたか、一念発起し積極的に自分を売り込もうと考え始めた。

アカデミーを卒業し上忍師のカカシの元で晴れて下忍となった三人は、最初のひと月は意気揚々と任務をこなしていた。
カカシは基礎体力をつけるためだと、下級の農作業や探索を三人だけにやらせていた。その脇で難しい忍術や兵法の本を広げて腕を組んでいる姿に、やっぱり上忍は違うんだなあと感心していたのだが。
カカシが成人男性向けとしか言いようのない恋愛小説を、内側に広げていたのをたまたま見付けてしまい。他の上忍師達からカカシがイルカをストーキングしているらしいと聞いてしまい。
一枚の紙を時折ベストから取り出し眺めてにんまり笑う姿に、遠目に見ても何か様子がおかしいと気付いたサスケが策を巡らせた。
白眼使いの日向家のネジに頼んでそれを透視してもらう。
そんなんで見えるのかといえば、酔った親戚のオジサンが小さかったネジに変な術を教えてしまったがゆえにネジは紙切れの向こう側の、文字や絵が見えてしまうようになったのだ(本来は生体だけに使えるものだ)。
堅物と思われているネジも思春期の男の子だからサスケの話には軽く乗った。というか率先して作戦を練った。

三人は簡単な畑仕事の際に、カカシの前で内緒事のようにヒソヒソと、だがわざと聞こえるようにイルカの話をした。
「イルカ先生の下着の買い物に付き合うの。」
とサクラが言ったそれだけでカカシは妄想の世界に旅立ち、大木の下でエロ本と懐の紙切れをばら蒔いてしまったのだ。
三人は見ない振りで草むしりをする。幸い草むらは背が高く、ネジはどこにでも隠れる事ができた。
カカシは腑抜けでネジの気配さえ感知できない。できたとしても手伝ってくれている位の認識だっただろう。手が空いたから手伝う、と他班の応援は何度かあったから。
それも今回のための用心の布石だったのだが。
遥かに遠くにはネジの班の上忍師と二人の仲間もいる。喜んでネジを貸してくれて案外ミーハーだ、とサスケはガイに驚いた。

紙切れは隠し撮りしたらしいイルカの写真だった。校庭で生徒と走る笑顔が実によく撮れていた。
大事に手帳に挟んでいたのだ。更に手帳にはいつイルカを『見掛けた』などと書いてあり、切なくなった、ふた月前。
そして三人はイルカを守ると決めたのだ。

「あーいたいた。カカシ先生、お忙しいところをすみませんが。」
森の彼方からよく通るイルカの声が聞こえ、カカシは飛び上がって驚いた。まさかこんな所にイルカが来るとは思いもしない。
イルカが側に寄るまでに写真は手帳に挟まれ、カカシの懐にしまわれた。エロ本とくだんの恋人になるためのハウツー本も背中に隠され、カカシは緊張したままイルカを待った。
「なっ何か、てかイルカ先生は俺の事をご存知で。」
「当然ですよ、何度もお話してるじゃないですか。カカシ先生は素敵でよく目立ちますし。」
なんて言われて幸せすぎて頭に血が上り、その後の話を聞かずにイルカに具合が悪いのかと心配されたカカシだった。
そんなイルカの用事は、汚くて読めない報告書の文字を聞きにきただけだ。所要時間二分。
だがまあ、一日目の課題はごーかっく!…ということにしておこう。
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