「本当は自分で渡したかった、と残念そうでしたが。」
辰面の暗部は、直立の姿勢で木の陰からイルカに話し始めた。
暗部付きの護衛任務で、危険箇所は通り過ぎたので自分達暗部は先に帰ってきた。しかしカカシはまだ半月は帰れず、これを道中の町で見つけてどうしても渡したかったからと預かったこと。
「ああ、毎年恒例の火の国大名行列ね。」
イルカは思い出して緩く笑った。
年に一度、国内視察と言って中規模以上の宿場町を泊まり歩く行事だ。今の大名は国民と直接触れ合いたいと積極的に町を歩くので、一回りに一ヶ月は掛かる。内緒だが、一番の楽しみは町の土産物屋の饅頭と温泉に浸かる事だ、とイルカが本人から聞いたので呆れもしたが、太った体に人懐こい人柄の表れた親父だと、印象はすこぶる良いものだ。
「カカシ先生は何故これをアタシに。」
手に乗せたままイルカが包みを開こうとしないので、辰面は開けるように促した。慌てて開くと、小指の先程の丸いトンボ玉が転がった。
透明で、真ん中に緑の四つ葉のクローバーが見える。流線形の模様はたやすく捌けるが、絵を描くのには半生掛かるらしい。否、描いた絵を球の中央に閉じ込めるには、だ。
高価な、数も無いもの。と知ってはいたが、イルカはその時失念していた。贈り物なぞ、このところ生徒からの野の花束位しかなかったから、ただ嬉しくて。
イルカは暗部と別れて、部屋で改めてカカシがトンボ玉をくれた理由を聞き逃した事を思い出した。理由は今度、直接お礼を言った時に聞けばいいだろう。けれどそれまで悶々とするのも嫌だ。別に何かお祝い事があったわけでもないし、お土産が欲しいとねだったこともない。何より自分達はそれほど親しくない。
トンボ玉を指で摘まみ、蛍光灯に翳してみても、中には理由が書いてある筈もなく。
いいや、とイルカは悩みを捨てた。ありがたく受け取っておこう。
包みに説明書が添えられていた。思いを書いたこよりを穴に通して身に付けるとお守りとなる。
暫しトンボ玉を見詰め、イルカはチャクラを籠めて漉いた和紙を取り出した。撚ると細い千本同様の、オリジナルの武器になる。千本が買えなかった頃の、貧乏が生み出した生活の知恵だった。
願いは小さく、一行。尖った両端を頭からほどいた髪紐の中央に通すと、最初から編み込まれていたように見えた。これが一番なくさずにすむ方法だと、イルカは満足した。
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