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八月 その一
今年の夏は暑い。梅雨時に雨が降り過ぎたせいか、明けてからは毎日よく晴れている。
八月に入り、本大祭の為に国中に活気がみなぎっていた。イルカは正式に忍びとしての登録抹消や教員の退職届けやらを済ませ、火影の義理の娘と云う肩書のみに為ってしまった。うみの、の姓を持つ者が居なくなるのはほんの少しだけ淋しかった。自分の家系の出自は知らない。火影も知らないと言う。何代か前の移民ではないかと推測されたが、資料も無く埒はあかない。
けれど火影と、イルカの嫁ぎ先の国主はおおよそを知っていた。いやその国主が調べ上げて利用価値があると判断したからこそ、イルカを嫁に迎えるのだ。木の葉の里を牽制する為の人質、と云う理由は変わらずあるのだが。
うみのはやはり移民であったがなんと、小さな一国の国主の本筋の末裔に当たる事、国内での反乱に血筋を絶やすなと兄弟が逃がした事、そしてその国には今直系が居ない事、など何処から作り出したかと思えるような突拍子もない、しかし紛れも無い事実を探り出して来たのだ。何十年も前の事を今更持ち出してどうこう言っても仕方ないと思われたが、そうして自国を強大にしてきた男だ、イルカを国主に据える事もやってのけるだろう。婚約の儀式が終わってから火影へ告げられたそれは、火の国ならずイルカの祖先の国までも手に入れたいと仄めかすような言い方で。
確実にイルカは道具として扱われると解っても尚火の国の為に、火影は頭を下げるしかなかったのだ。ツグナリの人柄に全てを賭けた。次男とはいえ、国政を支える役目を担う男だ、イルカを守ってくれる筈だと。時折イルカに会いに来るツグナリに祈るような視線を向けているとは、火影自身も気付いてはいなかった。
本番迄数日。人々は祭りと云うだけで異様に盛り上がっている。神社は木の葉の隠れ里と火の国一般の街の境にあるが、その境界は雪が積もる程の高山が延々と連なる山脈がある。その山脈の、一際低い山の山頂を平らに削ってならした地に、神社は建てられていた。木の葉の里にも一般人はいるがそれは忍びを出した家系の者達で、全く忍びと関わりの無い火の国の一般人とは、任務依頼でもない限り一生会う事は無い。
だから神社の境界門が開かれる大祭は誰かと知り会ういい口実だと若者達が浮足立つのは、忍びも一般人もあまり変わらない。実際そうして恋に落ち、どちらかの街へ駆け落ち同然に逃げたりもするのだから。
イルカの舞いの日を挟んで前後二日ずつ、神事は順を追ってとり行われる。
一日目、近隣の国々や忍びの里からは国主、里長に次ぐ宰相や後継ぎが式典に現れた。今日はご挨拶までに、明日は主が参ります、と。何日も留守にするのはやはり問題があるのだ。どうせ今日は挨拶の後は宴会だけだから。
イルカはその使いの者にも一々丁寧に頭を下げ、遠路を労う。たいていは火影を通じての顔見知りであり、地道に親交を深めていたイルカにはこの時とばかりに贈り物が渡された。全てが個人から個人へという事実は、イルカの人柄を表すものであり、勿論火影はそれを是としたのであった。
明日のおさらいをするために、イルカは合間を縫って厳重な警備の本殿に向かった。当然のように暗部の護衛が付いているが、イルカは見えないその気配だけの者に振り向かずに話し掛けた。
「ありがとうございます。私ごときにお手を煩わせて申し訳ございませんが、しばしお付き合いくださいませ。」
誕生日の贈り物がとても嬉しかったので、お礼を直接言いたかったのだと頭を下げれば、気配が揺れた。
「何かしてあげたかっただけです、先生。」
ああ、貴方だったの。小声のやり取りは、本来その身を明かしてはいけない暗部が消息を教えるもの。かつての教え子だと。
一番の悪ガキだったのにね。とイルカは心底安心したような笑いを見せた。
本殿の扉の前に暗部を残し、一人板張りの床を踏み締めたイルカは謡いを口づさみ一通りのおさらいをして、滲む汗を拭った。
そういえば、神様の役の舞い手は誰なんだろう。合わせた事もないのに、大丈夫なのかな。
二人で踊る場面も本当はあると聞いたが、五十年前は踊っていないらしい。忍界大戦の影響で、当時はお祭りというよりは英霊の鎮魂の意味合いが強かったと長老達は話したから、なまめかしい色恋の踊りは排除されたのか。
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