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四月 その一
四月、アカデミーの新学期。小さな新入生達がわらわらと登校して来る。それを職員室の窓から、イルカは眩しそうに見ていた。

イルカが舞姫に決定したと、正式発表された。だから本当は教師も受付も免除されるのだが、当人が続けたいと申し出て、周囲もイルカに抜けられると全てに支障をきたすと、継続を望んだ。
結果、半年間の非常勤講師と受付は裏方事務と為って、その後は未定だ。未定、否、辞任が決定。
何故ならイルカは火の国の国主の養女として、国交の為に他国へ嫁がなければ為らない。今時まさかと思うが、火影も貿易上の取引が、と懇願されては何も言えない。民を飢えさせるのか、との国主のひと言でその話は終わった。しかしそれは表向きで、火影の後見があり、木ノ葉の里でも重用されているイルカを人質に取れば、こちらに手を出す事も無いだろう、との思惑だったのだ。最強の木ノ葉の忍びでは国一つ、簡単に滅ぼす事が出来るのだから。
たかが中忍の女一人と侮るなかれ。との調査報告で決定されたとは、イルカ本人が聞いたら私にそんな力は有りません、と謙遜するだろう。しかし、現在の地位がどうのと云うのは関係無く、実際イルカが人質に取られ、こいつを殺すぞと脅されれば、忍びの大半は降伏してしまうだろう。それは、理屈では無く。
断るのは自由だ、と火影は言った。だが、それでは火影の命さえ危ういと知っている。イルカには承諾するしか無かった。
それがひと月前の話。

桜が咲いたから、お花見をしようと計画が立てられ、また皆で集まった。昨年と同じだけど、同じでは無い。不思議な空気が漂う中、それを打ち消すようにこども達ははしゃぐ。
「イルカ先生のお弁当だあ。」
今日はイルカのアパートへ、カカシが迎えに行った。とてつもない量の料理をゆうべから作り、重箱に詰めて、イルカは玄関に積んでおいた。朝ご飯を当然のように抜いたカカシの為に、当然のようにイルカは食べさせて、ゆっくりと花見の場所に向かう。一番大きな忍犬が荷車を引いて。
ひと気のない所では、二人は自然に手を繋ぐ。言葉なぞ要らない。もう少し、もう少しだけ。握り合う手に、力が籠る。見詰め合う事も無く、真っ直ぐ前を向いて二人は歩いていた。
「桜が、綺麗。」
「ああ、本当だ。」
ざっと風が吹き、花びらが舞い踊る。祝福されているような錯覚に、カカシは顔を覆う布を下ろし、素早くイルカの唇を掠め取った。
そのひと時は、確かに二人だけのものだった、と騒ぐこどもらをぼうっと見ながらカカシは思う。動き出した運命に、逆らえない、オレは。オレは―。カカシの思考は止まったまま、時は流れて行くだけだった。

肌寒い春の夕方、満開の桜の下で花見は終わった。まだ周囲は帰る気配は無く、これから夜桜を楽しむようだ。酔っ払いが絡んで来るのをかわしながら、後片付けまでも教育とイルカの監督の元でてきぱきと終え、あっという間に解散と為る。
今日全員揃ったのは、イルカと思い出を作りたいと、任務を繰り上げて終わらせたり頼み込んで代わってもらったりした為だ。上忍と部下達と自分で十七人、よくも集まったなあとイルカは一人一人を見ながら微笑んだ。
最後の日まで、普通に過ごしたいと思っていたから、そして皆もそう思っていたから、敢えて誰も触れない。

明日、嫁ぐ相手が里に正式訪問すると聞いた。火の国にとって大切な貿易国で、そこの次男だと初めて知った。イルカは、誰だか知らないが火影の為なら誰でも構わない、とうなづいていたのだった。あんまり年が離れているのは勘弁だけど、私と一つ違いならいいかな。…ああカカシ先生と同い年なんだ。
思わずカカシを見詰めてしまう。その視線に気付いたカカシがにっこりと微笑み返し、来る途中にされた触れるだけの口付けを思い出した。じん、と体が熱くなる。
「さあ帰るぞ、荷車と重箱は借りた居酒屋に返しといてやるからな。」
はっはっは、と高笑いをしながらガイが走り出し、こどもらもきゃあきゃあ笑いふざけながら、後を付いて走り出した。
「先生達、ありがとうございましたぁ。」
お礼は忘れずに、手を振り、また誘って下さいと。
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