十二月 その五
急用だ、と連れ出されたイルカは火影の元へ行ったが、急ぎではないがと言われて、そうですかと素直に退がった。
元締め、急用じゃなかったぞ、と職員室に戻ればおーそうだったか、悪い聞き間違えたかなあ、と笑ってごまかされた。
カカシと話しもさせたくない、と見え見えなのを周りの職員達は半ば呆れるが、恋の鞘当てを楽しみに眺めてもいたのだった。
「イルカ、さっき夕日上忍が来て、必ずはたけ上忍の家に寄るようにって。何かあったのか。」
と不安げに聞く同僚の一人に、何でもないと首を振る。
林檎を預かってもらってるとは、何故か言えなかった。勿体ないような。
じゃあ、と荷物を引っ掴んで飛び出そうとしたイルカに、元締めと呼ばれる男は飲みながら打ち合わせをしないかと声を掛けたが、今日は駄目とにっこり笑うのはあんな男の為か、と元締めは更にじゃあ一緒に帰ろうと縋るように言う。
でもカカシ先生の家までも一緒なのは嫌だ。私だけが知るトコロ。あの家を他の人が知るのは嫌だ。
何故そう思うのかは私にも解らないけれど、と片隅で思いながら直ぐ行くから昨日の店で待っててくれ、とイルカは譲歩した。
カカシの家が近づくにつれ、イルカの足は重くなる。やはりゆうべの事が気にはなるのだ。
カカシ先生が花街に居た事位で、何で私はこんな気持ちになるのか。
またどろっとした何かが溢れそうになって、イルカは気持ちを切り替えようと鞄を持つ手を替えた。ちゃりんと鳴ったのは、持ち手に付けたカカシの家の鍵と自分のアパートの鍵。
持たされたのだ。カカシのあの犬にいたく気に入られ、他の忍犬達にも紹介され、この次もお前に面倒を見て欲しいのだと言われ。それを前に心底困ったような、カカシに断り切れなかったから。
オレが留守の間でも好きに出入りしていいですから、とついでのようにカカシは流したが、それだけを言う為にひと晩を費やした事は犬達しか知らない。カカシも馬鹿でな、と犬に耳打ちされてもイルカには何の事やら解らない。
家の前で、しばし逡巡する。
林檎を取りに来ただけだ。玄関まで持って来てくれたら、ありがとうございましたと受け取って、明日にでも林檎を使ったお菓子を持って来ます、と言って帰ればいい、とシミュレーションして戸を叩く。
返事が無い。何度か叩いて呼ぶが、奥のカカシの気配は動かない。
イルカは不安になり、合い鍵で急いで開けると中に飛び込んだ。真っ暗だ。
もうすぐ冬至で、日没はどんどん早くなる。まだ夕方と呼べる時間ではあるが、黄昏時なんてあったかと思う程あっという間に暗くなっていた。
イルカは玄関の明かりを手探りで点けると、ほっとして長い廊下を奥へ向かう。カカシが居間として使っている和室の入り口で、気配を感じて立ち止まる。
寝息。ああ寝ちゃってるんだ、と少し落ち着いた。
「そのままで聞いて下さい。」
低く小さなカカシの声がして、イルカは体を震わせる。
「お願いだから逃げないで。」
逃げられる訳無い。両足はカカシの声に、術に掛かったように重く、動けない。
「ゆうべ、あんな所で貴女に会うとは思いませんでした。オレの事など何とも思って無いのは承知してますが、オレの気が済まないので言い訳させて下さい。」
何の事。何を言うの。
「貴女があの男と仲良く何処かヘ行こうとしていたのを見て、オレの知らない貴女を思い知らされたんです。たかがそんな事でショックを受けたオレも変なのでしょうが、知らない貴女が多過ぎて。」
息を継ぎ、躊躇った後カカシは続ける。
「苛々して、誰でも良かったんです。でもいざとなるとどうにも為らず、帰ろうとした所を貴女に見られました。引き留められたのに気を取られ、貴女を見失った。オレは、オレは貴女に誤解された侭は嫌だったから、」
くっ、と喉の奥で笑って、カカシはあー只の言い訳だ、嘘っぽいと両手で顔を覆う。
イルカはそっと足を踏み出し、畳の上に寝転ぶカカシの側に膝を着く。
「確かに驚きましたが、私はカカシ先生を信じています。私がこの目で見て来たカカシ先生を。そして私ももっと知りたいです。」
知りたいって、何を、と言う前にイルカはカカシの額宛てを上にずらすと、左目の傷を撫でた。
「知りたい、と思います。」
それだけでカカシは理解してくれたと思った。ぐっと胸の蛇を押さえ込みながら、伸ばした手を取ってくれたイルカに感謝する。此処から始まると。
そして林檎のお菓子は、二日後の二人重なった休みに作る事に決められた。
急用だ、と連れ出されたイルカは火影の元へ行ったが、急ぎではないがと言われて、そうですかと素直に退がった。
元締め、急用じゃなかったぞ、と職員室に戻ればおーそうだったか、悪い聞き間違えたかなあ、と笑ってごまかされた。
カカシと話しもさせたくない、と見え見えなのを周りの職員達は半ば呆れるが、恋の鞘当てを楽しみに眺めてもいたのだった。
「イルカ、さっき夕日上忍が来て、必ずはたけ上忍の家に寄るようにって。何かあったのか。」
と不安げに聞く同僚の一人に、何でもないと首を振る。
林檎を預かってもらってるとは、何故か言えなかった。勿体ないような。
じゃあ、と荷物を引っ掴んで飛び出そうとしたイルカに、元締めと呼ばれる男は飲みながら打ち合わせをしないかと声を掛けたが、今日は駄目とにっこり笑うのはあんな男の為か、と元締めは更にじゃあ一緒に帰ろうと縋るように言う。
でもカカシ先生の家までも一緒なのは嫌だ。私だけが知るトコロ。あの家を他の人が知るのは嫌だ。
何故そう思うのかは私にも解らないけれど、と片隅で思いながら直ぐ行くから昨日の店で待っててくれ、とイルカは譲歩した。
カカシの家が近づくにつれ、イルカの足は重くなる。やはりゆうべの事が気にはなるのだ。
カカシ先生が花街に居た事位で、何で私はこんな気持ちになるのか。
またどろっとした何かが溢れそうになって、イルカは気持ちを切り替えようと鞄を持つ手を替えた。ちゃりんと鳴ったのは、持ち手に付けたカカシの家の鍵と自分のアパートの鍵。
持たされたのだ。カカシのあの犬にいたく気に入られ、他の忍犬達にも紹介され、この次もお前に面倒を見て欲しいのだと言われ。それを前に心底困ったような、カカシに断り切れなかったから。
オレが留守の間でも好きに出入りしていいですから、とついでのようにカカシは流したが、それだけを言う為にひと晩を費やした事は犬達しか知らない。カカシも馬鹿でな、と犬に耳打ちされてもイルカには何の事やら解らない。
家の前で、しばし逡巡する。
林檎を取りに来ただけだ。玄関まで持って来てくれたら、ありがとうございましたと受け取って、明日にでも林檎を使ったお菓子を持って来ます、と言って帰ればいい、とシミュレーションして戸を叩く。
返事が無い。何度か叩いて呼ぶが、奥のカカシの気配は動かない。
イルカは不安になり、合い鍵で急いで開けると中に飛び込んだ。真っ暗だ。
もうすぐ冬至で、日没はどんどん早くなる。まだ夕方と呼べる時間ではあるが、黄昏時なんてあったかと思う程あっという間に暗くなっていた。
イルカは玄関の明かりを手探りで点けると、ほっとして長い廊下を奥へ向かう。カカシが居間として使っている和室の入り口で、気配を感じて立ち止まる。
寝息。ああ寝ちゃってるんだ、と少し落ち着いた。
「そのままで聞いて下さい。」
低く小さなカカシの声がして、イルカは体を震わせる。
「お願いだから逃げないで。」
逃げられる訳無い。両足はカカシの声に、術に掛かったように重く、動けない。
「ゆうべ、あんな所で貴女に会うとは思いませんでした。オレの事など何とも思って無いのは承知してますが、オレの気が済まないので言い訳させて下さい。」
何の事。何を言うの。
「貴女があの男と仲良く何処かヘ行こうとしていたのを見て、オレの知らない貴女を思い知らされたんです。たかがそんな事でショックを受けたオレも変なのでしょうが、知らない貴女が多過ぎて。」
息を継ぎ、躊躇った後カカシは続ける。
「苛々して、誰でも良かったんです。でもいざとなるとどうにも為らず、帰ろうとした所を貴女に見られました。引き留められたのに気を取られ、貴女を見失った。オレは、オレは貴女に誤解された侭は嫌だったから、」
くっ、と喉の奥で笑って、カカシはあー只の言い訳だ、嘘っぽいと両手で顔を覆う。
イルカはそっと足を踏み出し、畳の上に寝転ぶカカシの側に膝を着く。
「確かに驚きましたが、私はカカシ先生を信じています。私がこの目で見て来たカカシ先生を。そして私ももっと知りたいです。」
知りたいって、何を、と言う前にイルカはカカシの額宛てを上にずらすと、左目の傷を撫でた。
「知りたい、と思います。」
それだけでカカシは理解してくれたと思った。ぐっと胸の蛇を押さえ込みながら、伸ばした手を取ってくれたイルカに感謝する。此処から始まると。
そして林檎のお菓子は、二日後の二人重なった休みに作る事に決められた。
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