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十一月 その二
イルカはたった一つのカカシとの繋がりを離したくなかったのだ。
此処に居れば、いつかカカシ先生は帰って来る。
私の為ではないけれど。
少し安心して力が抜けたイルカはめまいを感じ、座卓につっぷして意識を失った。犬はそんなイルカを、疲れて眠ってしまったのかと布団を引き擦りその背に掛けてやった。

「イルカ先生、オレですカカシです。只今戻りました。ねえ聞こえますか、大丈夫で―」
カカシが絶句したのは、様子のおかしいイルカの額に手を当てて、熱を確かめたからだ。
ひどい熱。医者へ、とイルカの体を抱えたが、今しがたまで外に居たカカシには自分でも冷たいと感じた夜気が、イルカの熱を更に上げると判断し、やめた。
顔がよく見えるようにと抱き直す。青白い電灯の下で熱をもつイルカの額には、じっとりと汗が浮かぶ。
犬に聞けば、三食を此処で一緒にとっていたらしい。食は細いがきちんと食べていたならば体力に問題はなかろうと、カカシは解熱剤を取り出した。
自分用だから、イルカに飲ませて副作用が出ないとは限らない。躊躇い、しかし他にいい方法も、今は見付からない。
丸い錠剤を二つ、掌にころんと転がした。カカシなら三つ、イルカにはこれで充分かと、水を用意し薬をイルカの口に含ませようとしたが、苦しいのか歯を食いしばったままだ。
早く楽にさせてやりたいのに、と苛立つカカシはじっとイルカを見詰め、顎に指を添えて顔を近付けた。
ゆっくりとイルカの乾いた唇を舐め上げ、角度を変えながら深く口付ける。
息継ぎが出来ず苦しかったか、イルカが口を開けたところを、素早くカカシが薬を己の口に含み、もう一度イルカの口を塞ぐ。舌の先には二錠の薬。イルカの舌をつつくと無意識にだろうが引っ込めようとするので、その舌に器用に薬を乗せてカカシは一旦唇を離した。
コップの水を口に含み、まだ僅かに開いたままのイルカの口へ流し込むと、こくりと喉が鳴って薬は体内へと送られたようだ。しかし、とカカシはそのままイルカの口内を舌で探り、薬が飲み込まれた事を確認した。
最後にもう少し、と不埒な考えはイルカの薄く形の良い唇をねぶるように貪るように味わって、離れる時にはすうっと透明な糸を二人の間に張った。
カカシはこんな時だと云うのに疼く自分を嫌悪した。しかし、今までのように寄って来る女達で済ませる訳にはいかない。いや何より、イルカ以外は触りたくもない。

そのうちにイルカの息がすうすうと規則正しく聞こえ、薬がきき始めた事を知る。
熱が下がるには、まだもう少し掛かるだろう。カカシは時計を見た。まだ日付が変わるまでには大分ある。朝まで眠ればイルカの熱も下がるだろう。医者へ連れて行くのはそれからでも良いと思ったが、少々不安である。
自分の体以外は解らない。ましてや女性なんてどう扱っていいのか、正直お手上げだった。
「全く、いくら犬好きだからって、ここまで無理しなくても。」
と呟いたカカシの言葉は、イルカの思いとは全くすれ違っていたのだ。
よっこいしょ、とイルカを横抱きに抱え上げ、カカシは自分のベッドに向かう。
イルカは背が高く手足が長いので、抱えると思い切りはみ出してしまう。けれど細身で、想像していたより遥かに軽いのには驚いた。
なんてはかなく頼りない。
そっとイルカの体をベッドに下ろし、蓑虫の如くその体を布団にくるむとカカシは疲れた、と一息付いて、埃を落とそうと風呂の支度を始めたのだった。
たっぷり一時間後、カカシは気持ち良さそうに風呂から出て来た。
濡れた髪を拭きながら、本当は全裸でいたいものを寝ているとはいえイルカが居るのだからと、下半身は部屋着を穿いていた。
キンと冷えた酒をあおると、今はイルカが眠る自分のベッドへと、カカシは近付いた。
少し手前で立ち止まる。
本当に、イルカ先生が此処に居るんだ、と思っただけで胸がときめいて、カカシはいつにない純情な自分に羞恥を覚える。
うわーっと心の中で叫び赤くなったと解る顔に手をやり、カカシはしゃがみ込んでしまった。
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