はじまりの九月 その一
アカデミーの夏休みも終わり半月もたち、こども達も落ち着いてきたためか、気が抜けたイルカは、ついうっかりと寝過ごしてしまった。
カカシが部下のこども達を率いて、朝から賑やかに受付所に向かうところに、1時間目から遅刻しそうになり走るイルカが行き会った。正確にはぶつかったと云うべきか。
お約束のように曲がり角で、勢いよくぶつかりお互い跳ね飛ばされた二人は、尻餅をつき痛みに声も出ない。
カカシは左側頭部を押さえて苦しそうにうずくまる。左目の上のハチガネとイルカの額のハチガネがぶつかり、金属の衝動はこめかみにじかに響いたのだ。
じんわりと涙が浮かぶが誰にも見られないように、しゃがみ込んで抱えた頭を膝の間に落としうなだれる姿は少々滑稽であるが、当人の苦しみを思うと笑えない。
イルカはと云うと、額は思いの外痛くないようで、飛ばされて廊下の反対の壁にぶつかった体の方を気にしていた。
イルカは背が高く、カカシと10㎝違うかどうかと云うところだ。男でも高い方に入るカカシと、女忍の中では恐らく一番高いであろうイルカ。
カカシが斜め下方にずらした額宛が、イルカの正当な使用方法である額の上のそれとぶつかる程の身長差しかない事を物語る。
だがしかし、イルカもやはり性別は女、カカシより遥かに軽いため飛ばされ方も相当なものだった。
細身に見えるカカシだが無駄な肉が無いだけで、筋肉の張りは流石上忍の中でも上位にいるだけある。
対するイルカは見た目通りに、いやそれ以上に軽かった。女性につきものの脂肪が少ない。羨ましがられる程のモデル体型だったが、本人のコンプレックスでもあった。

カカシの部下のこども達と周囲で見ていた者達は、言葉を掛けようかどうしようかと迷っていた。
だが声を掛けてどんな反応が返るかと思うと皆怖じけづく。吠えられるか噛まれるか。

「ごめんなさい、急いでたんです。私、私前見てなくて。ごめんなさい、だっ大丈夫ですか?」
イルカは体中を打ち付けたらしく、肩や腰を庇いながら這ってカカシに近づいた。カカシは先程の姿勢の侭黙っている。
動かない…?
「カカシ先生?」
イルカがそっとカカシを揺さぶると、カカシの体がぐらっと傾き、うずくまった姿勢の侭イルカに向かって倒れ込んだ。
「カカシ先生、気絶してるってばよ。」
覗き込んだナルトが恐る恐るカカシを突いて、反応が無いのを見てはどうしよう、とイルカに目で訴えた。カカシはぐったりとして、座り込んだイルカの膝の上に頭を乗せている。
廊下の真ん中で。しかもアカデミーと受付所を繋ぐ最も人通りが激しい場所。
「イルカ先生、イチャエロ菌が移るぞ。」
しれっと言い放つサスケに、口が過ぎるとイルカは軽く睨んだ。

朝のやたらと忍者とこどもの多い時間帯に、交通渋滞が起こる程の場所で、膝枕をする、される二人は有名人だったから、皆心の中で今日の話題はコレ!と拳を握り、見ない振りをして去って行くのだった。

イルカは困っていた。
カカシ班のこども達も困っていた。
「あ…すみません、主任。私授業なんですけど、どうしたら…。」
イルカが学年主任を見つけたのは偶然だったのだろうが、主任は見なきゃよかったと顔を背け、イルカの言葉を遮るように、人手はあるから半休取ってやるぞと言って、そそくさと立ち去った。
カカシが相手では関わらない方がよいと、彼は保身に走ったのだ。

よっこらしょと、カカシの頭を抱え直し、脚の痺れをとる。
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