じゅわ、と音をたて火が消えた。
水を張った灰皿スタンドの周りには、ヘビースモーカー達がたむろする。ガラス張りの喫煙室は煙で白く霞んでいる。
限られた休憩時間を惜しみながら、四人は黙々と吸い溜めていた。
次は、あれば三時間後、なければ六時間後。多分今日は三時間後はないだろう。大きな任務が一つ終わり、その報告書が統括の部隊長とその下の中隊長、更に下の小隊長から提出されるからだ。
「今日は何枚だ?」
専任の受付員がもう一人に尋ねた。
「大一枚、中四枚、小が、…十二枚か。五十人はいるからな。」
両手で指折り確認しつつ、煙草をくわえながら話す男の火元からは灰がひらひらと舞い落ちた。
「忙しいのに掃除の手間が増えてわりいなぁ。」
片隅のベンチにうずくまるように座っていたイルカに投げられた言葉に、当人ははっと顔を上げた。
「あ、うん。まあ当番だしね。私も落としてるから気にしないで。」
イルカの足元には、吸われずに円筒形の形のまま落ちた灰が溜まっていた。
笑うイルカの声は暗い。
「はたけ上忍も帰って来るじゃないか、嬉しくないのか。」
イルカと共に手伝いに駆り出された、アカデミーと受付兼任の同僚が顔を覗き込む。

今回の大隊長はカカシだった。四人の中隊長も気心の知れた上忍だ。
こういった大きな任務の場合には、同時に処理しながら内容を確認する事がよくある。
まず中隊長の報告を確認する。それからその中隊の下の小隊長の報告を確認して全てを照合するまでを、一人の受付員が担当する。失敗を隠す虚偽の報告がないかやり残した事はないか隊として動けたか、などチェック項目は多い。
中隊長が四人、だから受付にも四人は必要だと、たまたま職員室で目が合ったイルカ達が指名された。授業がない教師はテストの採点や翌日の準備にのんびりとしている、それを知っていて不意打ちに頼みに来る事があるのだ。今回も帰還が早まったと連絡が来たため、午後の授業のない二人を拉致した。

先に今日の通常依頼の任務内容と数を聞き、報告時のチェックの重要度の高い部分を四人で確認して一時間。任務終了の報告は、内容を知っておけば確認と受領の時間をかなり短縮できる。後に控える大物のために、時間と体力は取っておきたいのだ。
だが急ぎ足で疲れたと、休憩となったら四人共に喫煙者だった。ここで打ち合わせしても良かったんじゃねえか、と他に誰もいない喫煙室で笑う。

「喧嘩したか?」
同僚が返事のないイルカに再度問い掛ける。
頷いて一度吸ったまま根元まで灰にした煙草を灰皿に投げ入れたイルカは、泣きそうな顔を同僚に向けた。
「カカシさんね、私が煙草を吸うのを認めてくれたんだけど、最近顔を背けるの。」
だから会いたくなくて行ってらっしゃいが言えなかった、とイルカは口を引き結んだ。
泣かないように我慢している。三人の男達は、恋する女のいじらしさに目を細めた。
「俺が理由を聞いてやろうか?」
カカシより付き合いも長く、朝から晩までアカデミーでほぼ一緒にいる同僚だ。二人が交際するまでの経緯も知っているし、カカシとも世間話をする程度に親しい男である。
自分で聞くのが怖いからありがたいとは思うが、逃げてはいけないとイルカは首を横に振った。
「ありがと。でも自分で何とかしなくちゃね。」
新たに煙草に火をつけて、イルカは笑ってくわえながら伸びをした。

大部隊は予想以上に疲労していた。各隊長十七名の報告書の処理も思うようには進まず、隅のソファどころか床に座り壁にもたれて居眠りを始める者も出た。
「擦り合わせ終了まで帰れないのもかわいそうだけどな、報告はきっちりしとかねえと後々がなぁ。」
とうとう床に転がり寝息をたてだした十代だろう小隊長を見ながら、その横で目を擦り踏ん張る若者に髭だらけの上忍が語り掛けた。
ありがとうございます、と若者はあくびを噛み締め礼を言った。

中隊長と小隊長の報告が一段落すると、それまで火影に報告に行っていたカカシが、少し離れた席で最後に受付員二人と合計十七枚の報告書の仔細を突き合わせた。
イルカと同僚は通常依頼の処理を任され、解放されたのは先の休憩からちょうど五時間後だった。カカシは帰ったのか姿はなく、正直イルカはほっとした。まだ理由を聞く覚悟がない。
専任の受付員達も大変だったろうからと早目に交代が来て、四人同時に上がれば行き先は喫煙室だった。
既に大隊の報告者達が室内を真っ白にし、ちらほらと帰り始めていた。お疲れ様です、とすれ違いざまに声を掛け中に入ればカカシが腕を組み脚も組み、待っていたよと真正面でイルカを睨んだ。
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