はい、バレンタインデイがどうしましたか。

ぃ………。

どう、しましたか。

…が……っ………。

どう、しました、か?

不毛な会話が、いや会話にもならないこれはなんだろう、と受付での光景を見ている忍び達は各自の頭の中に飛び交う疑問符を顔にも張り付け、半径三メートルは離れて事の次第を見守る。
よく解らないが、机の向こう側に座るイルカにカカシが何かを話しかけ、イルカが返事をしているように……見えない。
何かやらかしたカカシが糾弾されているのでは、と思える程にイルカの眉がつり上がっている。が、誰も口を挟めない。

何か仰っているようですが、生憎私は耳に自信がなく聞きとれなくて。

嘘つけ、校庭で生徒に悪口を言われたら教室から怒鳴り付ける程の地獄耳だって、皆知ってるぞ。
とイルカの両隣は二人を見ないようにそっぽを向いた。
そしてやり取りは続く。

……今日は……れを、イルカ……。

はあ、私に。

カカシの声が少し大きくなってきた。
よし、カカシさん頑張れ。と皆の握り拳がカカシを応援する。

あなたに差し上げたくて、ぎっくり腰の店主の手伝いに行った任務の煎餅屋で作らせていただきました。
オレの愛の証です。受け取ってください!

カカシが何処からか取り出した物はちょっといびつな、巨大なハート型をしたざらめ煎餅だった。
直径としては、一メートルを越えていようか。
ぐいとイルカに差し出した、その表面にはチョコレートで文字が書かれていた。
その場の全員が覗き込む。
あれは、もし読み間違いでなければ、そうなのかなぁ。と誰がが呟いて、隣がうん俺にもそう読める、と頷く。

すみませんが、上忍様の書かれる字は達筆すぎて私には読めないので、読み上げていただけますか。

受付であらゆる忍びの相手をし、アカデミーで初めて字を教わる子どもの相手もするイルカは、どんな悪筆だって古代文字だって読める筈だ。なのに。
煎餅の文字を読むために集まった者達は、じりじりと後退りを始めた。
イルカの意図が読めない。

え。

カカシは絶句したまま動けない。
イルカは構わずちょいちょいと手を振り、カカシを脇に追いやろうとした。

ご用がなければ後の方にお譲りください。

解りました、読み上げます。
うみのイルカ様、結婚してください!

しいんと音がしたような気がして、受付の時間が止まった。
この二人が付き合っているなんて、誰も聞いていない。
イルカは仲間達と毎日のように夕食を共にし週に四日は朝まで飲んでいたが、誰もカカシの影など微塵も感じていなかった。
カカシの仲間の上忍達も毎日のように一緒に任務に就き、里でもうだうだと待機所で転がるカカシしか知らない。

はい、お願いします。

だからイルカの返事を聞いて、皆は幻術かと自分の耳を疑った。
だが目の前では熱い抱擁が交わされ、あまつさえ長々と音さえ聞こえる口づけを見せつけられている。

じゃあこれを、とカカシが指輪をイルカの左手薬指にはめ終わるまで、誰も動けなかった。


本当は、ただお付き合いできれば良かったんだよね。だけど煎餅屋の親父さんが押してみろって煽るもんだからさ、玉砕覚悟でプロポーズしたんだ。まさか結婚できるなんて、オレもー幸せで死にそう。
と真っ赤なカカシは、受付でイルカに遊ばれたなどとは露程も思っていない。

イルカ、お前も策略家だよな、請け負い料半額で煎餅屋にカカシさんを紹介して店主を丸め込みやがって。んで付き合い跳ばして一気に結婚かよ、えへ、じゃねえだろ悪代官。


ライスシャワーは煎餅屋の店主から贈られた米俵一つを盛大に使いきったそうだ。
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