3


忍びの戦いは移動範囲が広いので、収拾作業も数日では終わらない。毎夕集めた物をひとつひとつ水で洗い、綺麗に布で拭く。この作業も任務に含まれていた。
泥だらけの品々の山から見付けた物を手に取り、イルカは声にならない叫びを上げた。
―あの子に渡した髪飾り。
まさか、と思った瞬間目の前が暗くなるのをイルカは感じた。

あれから三年がたった。
イルカは自分の手に戻った髪飾りを付ける事はしなくなったが、ベストのポケットに大事にしまい込んで持ち歩いている。いつか心の痛みが消えたら着けようと思いながらも、それが叶う日は来ないだろうとも思う。
カカシがいなくなり、それでも日々は回るのだと、イルカは変わらぬ暮らしを続けていた。
アカデミーの教師も三年もやればベテランと言われ、担任としてクラスを持ち教えた子らは卒業して、あの当時のカカシと同じ位の年になっていた。その子らを見てももう胸をえぐられる程の痛みはないけれど。やはり時々杉の木を見上げに、林の入り口まで来る事がある。
今日はイルカの誕生日。誰にも教えず毎年此処で一人、静かに本を読んだり昼寝をしたりと、それが当たり前のようになった。
あの子が祝ってくれないなら、他の誰にも祝って欲しくない。
その気持ちに名前は付けられなかったが、イルカはそれでいいと胸の奥で温め続けたのだ。
今年も来ちゃった、と緑深い林の獣道をゆっくり歩きながらいつもの場所へ向かう。誰もいない筈のその場所に、人影がうずくまるようにして座っているのが見えた。
「…誰?」
イルカはいつでも臨戦体制をとれるように構えながら、少し手前で立ち止まった。
「落とし物をしたんです。」
低く綺麗な声が返って、イルカはどきりとした。懐かしいような、でも知らない声。
「何を落としたんですか。」
顔を上げた若い男が左目を隠すように斜めに着けた額宛てに、木ノ葉の印が見え、イルカは警戒を解いて息をついた。
少し垂れ目気味の青い右目が、笑ったように細められた。しかし鼻から口元を隠すように布で覆われ、その人物は判別出来ない。全身を眺めてみても知らない男だった。
「髪飾りです。」
その言葉に、イルカの記憶が甦る。
ああ、この里に珍しい白銀の髪は、私はあの子しか知らない。
そっとポケットから取り出した髪飾りを見せると、その男が顔も見えないのに笑ったのが判った。
「私も落とし物をしました。」
イルカの両目に涙が浮かび、唇が震える。
「何をですか。」
男が立ち上がり、イルカに向かって歩いて来る。背はとても伸びたけれど、相変わらず細いのは何を食べていたの、とこの場に似つかわしくない事を考えながらイルカも歩き出した。
「心を。三年前に落としたきり、見付からなくて困ってます。」
カカシは腕を広げ、おいでとうなづいて。
「それならオレが拾いました。」
イルカは走ってぶつかるようにカカシの胸に飛び込んだ。広くて大きな胸も逞しい腕も三年という月日の長さを教え、イルカはその空白を埋めるようにカカシの背中に腕を回してしがみついた。
そのままカカシは、この三年に自分に起こった事をゆっくり語り始めた。
戦場で爆発に巻き込まれ体中を骨折し、完全に復帰出来るまでに半年。
暗部を抜けるためにがむしゃらに任務をこなし、これだけ里のために尽くしたのだからと里長に詰め寄って、脱退は出来たが他の戦地に回されて一年、やっと帰還出来たのがつい先日。
「連絡を一切断たなければならなかったのは辛かったんですが、時折イルカ先生をこっそり見に来てそれで我慢してたんですよ。」
ふふっ、と思い出し笑いをするカカシが小憎らしいと、イルカはすねを蹴ってやる。
だって私は貴方の顔も名前も知らないし、この三年にどんどん貴方を忘れるのが恐くて辛くて。
綺麗な髪だと褒めてくれたからずっと切らなかったの、と自分の髪を撫でるカカシを見上げると、カカシは髪紐を解きさらりと流れた腰まで届くイルカの髪に顔をうずめた。たじろぐイルカに、離すまいと抱き締める腕に力をこめてカカシは笑う。
「顔は見せてもらえないの?」
と首を傾げたイルカにああそういえばと、額宛てを取り左目を開け、口元を隠す布を顎の下まで下ろして見せた。
「写輪眼―。」
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