9

夢心地

「えーと、結婚?」
「したって?」
「誰と?」
「誰が?」
「いつ?」
翌朝のアカデミー職員室の会話が疑問符で始まったのも無理からぬ事だった。朝礼時にイルカと共にカカシが現れ、いきなり結婚すると告げたからである。
「そうなんです、オレ達結婚します。」
生徒が混乱しないようにイルカはうみの姓のまま事実婚の形をとる旨を今から五代目に報告する。妊娠は自然に任せているのでもしもに備えて春からの来年度はイルカの負担を軽くしてやって欲しい。
天下のカカシにそう言われ旋毛が見える程頭を下げられて皆困惑していた。
「おおお、おめでとうございます。」
「承知しました、何ならイルカは今日から事務系に回しますから。」
東奔西走する教師達。なんやかんやでこの日の朝からの授業がひとコマ潰れたのは仕方ない。
「妊娠したんかな。」
「流石上忍、ゴムが破れる位毎日激しいのかもしれん。」
「そうよ絶対激しいわ、羨ましい。」
「カカシさんナマに決まってるだろ。」
「…イルカの満足そうな顔が答えじゃねえか。」
ひそひそと下世話な会話でもイルカの幸せは心から願う仲間達だった。
今日のイルカの持ち授業は午後からだ。借りるよ、とカカシはイルカの手を引き上忍待機所に向かった。
戸を開けのそりと部屋に入ったカカシの姿にハイエナの如く集まった女達は、肉感的な身体を揺すりカカシの興味を引こうとポーズを取った。カカシの後ろから続いてイルカが俯き気味に入室するのが見える。
「あら中忍先生、お部屋が違うんじゃないの。」
「いや今日は報告に来たんだけど。」
「えーカカシ、とうとう、」
別れるのと言おうとした語尾を引き取り、カカシは嬉しそうにイルカをひょいと両腕に抱え上げた。
「そ、とうとうオレ達結婚するの。」
誰にも否と言わせない眼力で辺りを見回す。
「暖かく見守ってね、特にお姉さん方。」
イルカに害を及ぼすならば容赦しないからと含みを持たせる。
「さあ五代目にも色々と相談しないとねえ。」
イルカを抱いたまま左から肩越しに振り返ったカカシは、赤い左目を開き薄く笑って去っていった。
「お前ら死にたくないだろ。」
カカシの行動に驚いて煙草の箱を握り潰した髭の男が我を取り戻し、にやりと笑い手のひらのひしゃげた箱を目の高さに上げ再度握り締めると煙草の葉がぱらぱらと床に降っていった。
こんな風に、な。
待機所の息詰まる空気に耐えられず、女達は一人ずつ足早に何処かへ去っていった。
アスマの手から形のなくなった煙草の箱を取り上げごみ箱に捨てながら紅が溜め息をついた。
「幸せのお裾分けってないのかしら。」
カカシよりも口下手なその男がいつも側に居てくれるのは嬉しいけれど、女はあんな風に約束が欲しいのよね。とぴたりと横に付いて座れば、決して人前ではしない男に肩を抱かれて口付けられてそれだけで天へと舞い上がる。お裾分けは確かにあったのだ。
イルカを抱えながらカカシが歩く廊下では、痴話喧嘩に巻き込まれないようにと誰もが逃げていた。
「カカシさん困ります、降ろして。」
「妊婦を歩かせられないでしょ。」
「まだ妊婦じゃないし、妊娠しても歩けます。」
「オレが心配なんです。」
イルカの頼みなぞ聞かずんふふ、と口布の下で笑いを噛み締めるカカシの顔は赤い。一人で想像した愛読書の結婚式の場面に興奮したのだ。
先行した情報が入っていたのか執務室の綱手はカカシの報告に驚きはしなかった。それどころか抱っこされたままのイルカが恐縮し、涙目で下ろせとカカシの身体を叩く様子に机を叩き声を上げて笑う。
「随分急だな。イルカが妊娠したか。」
「はい、ゆうべ。」
「まだ判らないだろうが。」
「確信はあります。」
情熱的に睦み合いましたと言われて、聞いていられないとイルカが指を耳に突っ込み其れがまた綱手を笑わせた。
忍びだから平坦な人生を送れはしまいがこの幸せが誰にも取り上げられないといい、と綱手は目を細めた。
「カカシがパパなんて呼ばせるのかねえ。」
綱手の言葉を受けてカカシが言い返す。
「来年から毎年子どもが増えていきますからね、綱手様こそお婆ちゃんだよーって猫っ可愛がりしそうじゃないですか。」
「おば、っこの生意気なクソガキが!」
立ち上がり手当たり次第に机の上の物を投げ、シズネに羽交い締めされながら笑う綱手に二人も笑った。
「私、何だかふわふわしています。」
「うん、まだ夢の中みたい。」
カカシの夢はいつも途中までしか見られなかったけれど、今は目覚めても夢の中にいるようにイルカと同じくふわふわと現実味がない。
だが夢なんてほざいてんじゃないわよ、と夜泣きで一睡もできないイルカが怒るのはほんの少し先の事。
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