1 結婚式
何でアタシなんか…。もっと美人で頭が良くてスタイルも良くて性格も良い人はあそこに沢山いたでしょうに。
イルカの心の溜息は数ヶ月前と同じ台詞だった。
今イルカは、カカシの左腕に縋って引き擦られて歩いていた。此処は最近流行りの外国風の結婚式場である。
つまり、二人の結婚式。
それなのに、花嫁であるイルカが何故、招待席の美女達を見てそんな捨て鉢な事を思うのか。それは主に体調不良に因るものだった。歩きながら、ともすればこみ上げる嘔吐感に必死に耐える。
お願いだから誰か代わって…。
生理的な涙もこみ上げるので、化粧が落ちないようにイルカはしょっちゅう瞬いていた。はたから見れば、感激に足取りも覚束ないように見えるのだろうが。
ぎりり、と歯を食いしばれば歩を緩めて、カカシがそっとイルカの顔を覗き込む。聞こえるかどうかという程小さな声で抱いてあげるから我慢しないで、と囁かれてもイルカは半ば意地で歩くと言った。
たかが妊娠。これに負けて忍びなんかやってられるか、と思うのは少し違うのかもしれない。けれどイルカは妊娠は病気じゃないから、と言って戦場で出産さえする忍び達を見て育っていたから、それが常識だったのだ。火影の側に居るという事はそういう事でもある。
イルカの悪阻は長かった。もう既に安定期に入り、そろそろお腹の子が動いてもおかしくない頃だというのに、と思ったら。
もう悪阻とは言いませんよ。多分双子だからでしょうね、と言う医者は無理してるんでしょう、と上目使いにイルカに笑った。こども達がお母さん休んでって言ってるんですよ。
と言われて、平素鷹揚で豪胆な筈のイルカがアカデミーの授業を減らしたのは愛するカカシの子を守るためだとは、周囲には意外であった。実際はカカシに、もう少し自分を労って下さいと泣き付かれたのだけれど。
二人入ったお腹はどんどん大きくなる。籍は直ぐさま入れたが式は予定していない。もはや挙式のつもりはなかったが、これはけじめだし、こども達に記録として残してやりたいからと言い出したのはカカシである。
記録。両親が亡くなった後の事を思い出したイルカはうなづくしかなかった。自分にはそんな物は殆ど残されていなかったから。
思い出は無いより有った方がいい。
そうカカシが言った時には、イルカより上忍仲間達が卒倒する程驚いたのだ。自分の存在した証しはいらないとあれだけ言ってたヤローが。
カカシはまた、イルカを自分のモノだと誇示したかったのである。結婚しようがこどもを産もうが、魅力的であれば奪うのが当たり前の忍びの世界だから。より強い次代を育てるために。
別にそんな事しなくてもカカシに殺されたい奴なんて一人もいないよ、と仲間達は思ったけれど。
大きく息を吸って吐いて、イルカは歩き出した。お腹は苦しくはないから最後まで大丈夫よね。このドレス恥ずかしいなぁ、写真撮るのも遠慮したいよ、と引き擦る裾をたくし上げながらゆっくり歩く。
頭から被った薄いベールは少し青白いイルカの顔色を隠してくれた。ドレスはベールと同じ生地を何枚も重ねて作られていた。チュールに薔薇の透かしが入っているので、さぞかし高価なのだろうと素人目にも解る。勿論カカシが自ら探して来た物である。
胸元は深く四角く開けられて、妊娠ではち切れそうに大きくなった胸を強調していた。袖は肩から大きく膨らんで、肘の上できゅっと締まり手首までをぴっちりと覆う。胸の直ぐ下で切り替えられてスカート部分はふわりと広がり、イルカのお腹を目立たせない。
イルカの同僚とかつての教え子達には、イルカのドレスがあの天使の絵になぞらえたものだと解っていた。こうして見ると本当に天使が舞い降りて来たみたいで綺麗だなぁと、呆気ていたのはカカシだけではなかった。
恋をして妊娠して、イルカは目立った美人ではなかったけれど、無敵の美しさが備わったような気がすると皆思ったのだ。ましてや母は強し。
さて何とか結婚式を滞りなく終え、途端にイルカは動けなくなってしまった。
終わった、と思ったら緊張の糸が解けたのだ。取り敢えず着替えて、これからどうしようかと相談していたが周りは帰れと心配してくれて、カカシはイルカを堂々と抱きかかえると衆人監視の中家まで殊更ゆっくり歩いて、オレの嫁さんだ、と見せびらかしたのだ。
これは当分言われるんだろうなぁ、とイルカは羞恥に顔を赤くしカカシの胸に伏せた。買い物に出るのも恥ずかしいじゃない、とイルカは今夜は夕食は作ってやらないと決めたが、カカシはデリバリーを頼んでくれていたから良いやら悪いやら。
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