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十一月 その三
先程蓑虫になったままのイルカの微かな声が聞こえ、慌ててカカシは覗き込む。熱で真っ赤になっていたイルカの顔は、今は落ち着いたように見える。しかしその額に手を当ててカカシは驚いた。
冷たい。今度はあまりにも冷た過ぎる。
首筋の耳の下に指を二本、揃えて当てた。脈は正常、いや心持ち速い。時計を見上げると、あれから一時間たったと針が教える。
カカシは舌打ちをしてイルカの頬に両手を添え、体温を確かめる。つむられた目を指で無理に開けて瞳孔を覗き込めば異常はないようだ。
ふう、と大きく息をつくと同時にイルカが、痛かったのか顔を歪ませてもぞもぞと動いた。
「ごめんね薬効き過ぎちゃったね。ねえイルカ先生、起きて下さい。イルカ先生。」
とカカシが肩を揺すり起こそうとするが、目を覚ます気配も無い。意識が戻れば体温も上がる筈なんだけど、とカカシはイルカの頬から手を離さず、そっとベッドに腰掛ける。
はぁん、と漏れたイルカの声は切ない程に色気のあるもので、カカシはどきりと心臓を跳ねさせた。続いてまた鼻から抜けるような声がする。
「イルカ先生?」
顔を覗き込むと、イルカは微かに唇を動かし何かを言っている。寒い、とだけ聞き取れた。これも副作用かとカカシは己を責める。二錠は多すぎたのだ、イルカが女性である事を忘れていたのかと。
しかし一方で忍びならば、まして中忍、耐えられるだろうとも思う。それは多分間違ってはいないだろうけれど、感情は別物だから。
もっと布団を、と思い寒いと呟くイルカの頬から手を引こうとすると、その手を探してイルカの手が宙を泳ぐ。反射的に握り締めてやれば、くたりとイルカの力が抜ける。
苦しそうな顔は青白く唇にも色が無い。寒気に体中を震わせながらうなされている。
よしっ、と自分に気合い を入れてイルカの隣に潜り込んだ。古典的な方法だが、体温で温めようと。
部屋着を脱いで、まずカカシが下着一枚になる。イルカの服も脱がせようと躍起になるが、もたもたと手間がかかり上手く脱がせられない。
実はカカシは女性の服を脱がせた事がなかったのだ。裸で待つ女しか知らなかったのは、ある意味不幸だろう。
漸くイルカも下着だけになった頃には、カカシは全身に汗をかいていた。…オレって何だか、と情けなく思うと共にイルカ先生との本番ではもっとスマートに、と拳を握ったのだ。あまり慣れていても不信感が募るだけだというのにも気付かずに。
服を着ていないのが変な感じなのだろう、イルカが布団を体に巻き付けようとする。ああ、とカカシが本来の目的を思い出しイルカの体を抱き込んで脚の間を膝で割った。
イルカは全身が冷たくなっており、一気に体温を奪われたカカシは寒気に思わず唸ってしまった。
段々と二人の体温が交じり、同じ位になっていくのが解る。温かい。目の前のイルカの顔に赤味が差して、唇がいつも通りの薄紅色になるまでは、大分掛かったけれど。
安らかな寝息がイルカから聞こえるようになると、カカシも力を抜いて現状を直視するだけの余裕が出て来た。自分の裸の胸にイルカの、布越しではあるが心音が響く。服を着ていては判りづらかったが、二つの乳房はちゃんと存在を主張している。
触ってもいいかな、とカカシが正常な男として思う。指は細く長くともやはり男の手だから大きいのだが、そっと片方の乳房を包むようにすれば、手に余る事も足りない事も無く収まった。
カカシはその手が離せない。引く事は惜しいし、しかしこのままではオレの手はこの乳房を揉みしだいてしまう。
葛藤に時間を費やし、気が付けば外は白んで人の声や物音が聞こえ出した。
結局カカシは一睡も出来ないまま、長期任務で疲労したよりも更に疲労した一晩を過ごしたのだった。
すっきりと目が覚めたイルカが、自分の胸に置かれた手と抱き込む腕と絡ませた脚に気が付くのはそれから少し後の事だった。
受付の中忍によると、出勤途中ある家の前の通りに、女性の悲鳴と何かが割れた音とごめんなさいとお互いに叫ぶ男女の声が響いていたとか。
そして彼は、ゆうべの帰還の為今朝報告書を提出に現れたカカシの頬が腫れていた事と、話のそれがカカシの家だと云う事は知らなかったのだった。
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