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まだ善悪の基準すらあやふやな年齢の、遊びたい盛りのこども達は、実習が命のやり取りになる事さえ判らない。それを教え諭す教師という仕事を生き甲斐として輝くようなイルカを見掛ける度に、カカシは立ち止まり暫く眺めているようになった。

「ああ? てめぇが他人を認識するなんざ、真夏に雪が降るようなもんじゃねえか。」
とアスマはそんなカカシをからかう。俺の大事なイルカはてめぇに髪一本も触らせたくねえ、と言いながらもカカシならばイルカを任せても良いと、わざとからかうのだ。
―自分の命を何だと思ってるんだ―とカカシはアスマやガイに度々怒鳴られた。瀕死で運ばれれば、死んでも良かったのに、と言う。だからなのか他人にも興味を示さず、一期一会って言葉を覚えなさいよと、カカシは師であった四代目火影によく言われたが、それも聞き流して今に至るのである。
しかし、イルカとの出会いは違う、とアスマは感じていた。二人で食事に行ったと聞いて、顎が外れる程驚いたのはカカシと長年継続的に付き合いのある者達だった。

「ねえねえ、カカシってあんな優しい顔出来るんだ。」
と窓の外、紅が指さす方向には任務の報告にであろう、担当下忍のこども達と談笑しながら歩くカカシの姿があった。
おや珍しい。と暇を持て余すやからが集まり、上忍待合所の窓から隣接するアカデミーの校庭の片隅を凝視した。
「笑ってるぜ、おい何があった。」
振り向いてアスマに確認する男はその場の誰よりカカシと多く任務をこなしていて、こんなに明るく笑うカカシなど見た事がないと、慌てて自分の額に手を当てた。
「大丈夫だ、お前がおかしい訳じゃない。」
ガハハと声を上げて笑ったガイが、親指を立てた拳をそいつに突き出す。
「イルカだ。」
一人落ち着いて煙草をくゆらすアスマが、灰とともにぼそりと言葉を落とした。
窓の外を見ていた幾つもの顔が一斉にアスマに向いた。何の事だ、と皆の顔に書いてある。
「アカデミー教師の、うみのイルカ。知ってるか。」
こくりとまた一斉にうなづく。
アスマはイルカの特別任務について箇条書きのように説明し、二人ともどこか通じる所があったんだろうな、とだけ言って新しい煙草をくわえた。
それだけじゃ解んねえぞ、という空気に、ガイが付け加えた。
「あいつらな、全く違うようでいてよく似てるんだぞ。」
ああ解るわ、何となく。と一人、色白で細身の若い男がガイの隣に座った。異質な雰囲気を纏うその男は、自らを女になりたかったと公言し飾り立てる、忍びの中では外れ者である。
そうだな、と誰かが呟くとああ、とか解った、とか誰にともなく返事をし各自は元の場所に戻って、何もなかったように暇潰しを再開した。
しかし紅だけは、その二人の関係が判らず悩んでいた。お互いを見る目には異性の友人という雰囲気と、どこか艶色の混じった恋愛対象という雰囲気と、どちらも読み取れるのである。そしてイルカを大事にするアスマもいる。
―アスマはあたしに何も言ってくれてない。何となく側にいるだけなんだわ。優しさも、あたしの勘違いかもしれない。
そんな女心を知ってか知らずか、アスマはどうせ何かありゃ呼ぶだろうと紅を気分転換に連れ出した。行き先はいつもの茶店である。
紅の好みを熟知していて、こんな中途半端な時間にはよく付き合ってくれる。恋人としては文句ない相手だとよく羨ましがられるのだが、最近はイルカの事が気に掛かり何となく素直になれない。

「あれ、どうしたんですか。こんな時間に。」
店に入った途端に、そのイルカに会った。中央の席のきゃあきゃあとかまびすしい集団の中で笑っていた。女ばかりの仲間達で甘い物をつつきあっていたが、イルカは二人を見ると立ち上がり、姿勢を正して礼をした。高名な上忍達の登場に慌てた周囲も、同様に礼をする。
「待ち、だよ。」
アスマのひと言で理解しイルカは、お疲れ様ですと紅にも会釈をした。
「イルカこそ珍しいな。団体行動は嫌いだろうが。」
楽にしろと手で合図し、アスマはイルカにからかうように話し掛けた。
「まだちょっと苦手です。でも楽しい時も沢山あるから、頑張ろうかと。」
頑張るって何よ、友達なんだから遠慮しないでよ。と隣の赤毛がイルカの背中を叩いて、皆に同意を求めた。
じゃあな、とそのまま脇を通り過ぎ、アスマは一番奥の常連席に座った。紅は立ったままイルカ達の席を振り向き、もういいのかと目で示すと、アスマは邪魔する事もないだろうとゆっくり煙草をくわえた。
「俺はお前と此処に来たんだ。あいつに用はない。」
何それ、と呟いたが紅は頬が染まるのが自分でも判った。
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