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男の人からすれば重いんだろうな、私。解ってるんだけど、どうしようもないのよね。
アスマが体調を気遣ってくれるのは嬉しいが、過保護だよねえ、とイルカは溜め息をつく。その過保護が臆病なイルカを作ったのだとは、二人とも気付いていなかったのだが。
出来の悪い妹だって自覚はしてるけど、私だってもう一人で生きていける。でも…。
紅に申し訳ないと思いながらも、大きく暖かなアスマに包まれてそれを手放せない自分が、イルカは歯痒かった。もう少しだけこの場所にいさせて、と臆病な心はアスマの腕を離せない。

もう少し、とイルカは布団の中で寝返りを打った。
寒くなったなあ、出勤するのが辛くなってきたもんねえ。と口に出した事に気付き笑う。最近独り言が増えたのは淋しいからかな。
うーん、と爪先まで伸びをして勢いをつけると跳び起きる。しかし冷えた空気に身震いをしたイルカは、小さな暖房器の前に座り込んで空気が暖まるのを待ってしまった。着替えを手元に引き寄せると、それを温めながらもそもそと着替える。
さあて、今日は三回目の評定の日だわ。上忍師の先生方に会いに行くのはやっぱり緊張するわね。

あれからふた月あまりたち、漸く軌道に乗った上忍師達との会議もイルカにとってはまだ畏怖の対象であった。半月に一度、イルカは自分なりの評価をしてそれを上忍師に伝える。受けた上忍師は指導の理由や方法をまたイルカと話し合い、教える術などを継続するか変更するかの判断をするという、非常に高等な内容の会議だった。
中忍のイルカごときが口を挟むべきではない、と陰で幾度となく言われもした。しかし上忍師達はイルカだからこそ出来るのだと反論し、それこそ部外者は口を挟むなと言い切ってくれたのだ。
火影様は甘い、と陰口を叩けばやってみろと評定書を突き付け、イルカの現場での仕事の様子を見せたのはカカシだった。その時のあいつの怒りようったら珍しかったぞぉ、と居合わせたガイが丸い目を更に開き語るカカシの様子に、イルカはいたたまれない気分だった。
迷惑を掛けている。どうしたらいい。けれど聞きました、庇っていただきありがとうございます、などと言うのも失礼だし。
知らん振りで通せ、とアスマは言った。イルカが頑張ってるのを俺達は知ってるから、お前はそのままでいろ。
妬みやそねみ、ああ面倒よね。出る杭は打たれちゃうの、イルカは悪くないのに。と紅は抱き締めてくれた。

そうしてカカシ以外とは少しずつ仲良くなった。だがカカシはあまりにも意識し過ぎて、イルカは話をする時も顔を見る事が出来ない。勿論仕事以外の会話は殆どない。
怖がられてる、と思っているカカシは二回目の評定会議でも垣根を作るイルカに困り果て、この後食事に行こうと珍しく皆を誘った。距離を縮めたいからとは言わないけれど、仲間達には暗黙の了解だった。
イルカは戸惑ったが、結局流されるままに朝まで営業している、食事を主体とする居酒屋に付いて行った。

気付けば乾杯をしていた。座敷のついたては両隣の姿を隠す程度で声はまるきり聞こえるものだから、話す声は自然負けじと大きくなる。イルカは職業柄声には自信があったが、こんな席では恥ずかしくて聞き役に回るだけだった。
突然、ねえイルカ先生はあんまりこういう席は好きじゃないの、とはす向かいのカカシに聞かれて、はぁとイルカは俯き気味の顔を上げた。途端にカカシと目が合ったが外すタイミングを逃して、そのまま固まってしまた。
「えっと、そうじゃなくて…上忍の方々とはあまり…。」
言いよどんだイルカの声は隣の笑い声に消されて、カカシにはよく聞こえなかったようだ。
「もっと話をしたいから此処へおいで。」
とカカシは自分の右の座布団をぽんぽんと叩いた。
六人用の座卓に五人で座れば、必ず空きは出る。カカシの左にはガイが座っていて、ガイの向かいにアスマ、その左に紅、そしてイルカ、という席順だった。
ガイとカカシでいっぱいだと思われたその並びに、細身のイルカはすとんと納まった。カカシの提案に驚いたイルカが腰を浮かした瞬間に、カカシが抱えて座卓を飛び越えさせたのだ。
「え、え?」
とうろたえるイルカを皆が笑う。気付いたイルカは真っ赤になり、笑われている自分が恥ずかしくなった。
「ごめん、俺も今日は酔ってるみたいだ。やたらと女の子に触っちゃいけないよね。」
とカカシが言うのに頭を振って、イルカはただ大丈夫ですとしか言えなかった。違うんです、恥ずかしいだけです、とさえ言えない自分が情けなくて辛い。
紅がカカシにおしぼりを投げた。
「当たり前でしょ。イルカはあんたの変な癖に慣れてないんだから、当然驚くわよ。」
「え、紅先生、変な癖って。」
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