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10 月齢九
里を離れて三日になる。諜報は順調で、ターゲットもほぼめどがついた。アオバは短気なオレを抑えては、やたらと殺すなと説教する。木ノ葉の仕業だとアシが着いたら困るでしょう、全面戦争にするのはあなたですよとはっきり言われ、イルカとイチャイチャを夢見るオレはそれは困るとアオバの言う事を聞くことにしたのだった。イルカの情報は忍犬によって毎日報される。こちらの方が本当の諜報ではないかと思う事さえあるが、イルカはオレの生き甲斐だから。
置いてった犬はいい仕事をしてくれたようだ。溜飲が下がるってこの事だね。
さて全員殺すまでどれ位掛かるだろうか。首謀者と潜入関係者の十数名はオレの眼を使わなければならないレベルのようだ。まずこの上位者を叩けば、下の者達は指導者と権力を失い簡単に崩れる組織だってのは判ったから、後は逃げようが刃向かおうが全滅するまで殺すだけだ。木ノ葉は、いやオレは一人も逃がしはしない。
応援の要請をするべきだとアオバは言うが、それを待つのにまた何日か掛かるのならば、とオレは覚悟を決めた。早く帰りたいと。

イルカは、午後の授業のあと受付に入る予定だった。昨日のような事があったらと思うと、とても一人ではいられない。受付所の前で足がすくんで動けなくなったが、中を覗いてよく知った顔が見えると安心して、緊張の解けた少し震える脚を動かした。
昨日大変だったんだって、と声を掛けられイルカは思い出したくもない下劣でギラギラした男を思い出し、笑顔が凍る。うんまあ、と平坦な声になるのが自分でも解り、しくじったと心で舌打ちした。
改めて笑顔を作り直し、あの上忍もきっとムシの居所が悪かったんだね、私は何でもなかったから大丈夫よと返す声がわざとらしい。上手く繕えない自分が腹立たしく、下を向きながら席に着いた。
同僚は、今日は忙しいから二人番と言われているんだとイルカを安心させるために言ってくれたが、彼がイルカと交代で上がれる事は知っていた。唇だけで有り難うと呟き、イルカは職員室で貰った小さな饅頭をいくつか彼の膝に落とした。お礼だよ、と今度は本当に安心して笑った。
すっと女がイルカの前に立った。何度も言葉を交わした事のある中忍だったが、今日は笑う事なくイルカを見下ろしていた。
お疲れ様でしたと笑い掛けても、その女はイルカを避けて差し出された掌ではなく机に報告書を置いた。
そしてひと言、あんたどうやって取ったの、と言葉を投げ付けて足早に去った。聞こえるようにちょっと綺麗だからって、と吐き捨てるように言って。
同僚は喧嘩したのかと眉を寄せて、女も恐いなとイルカを慰めた。
何でもないのよごめんね、と今度は普通に振る舞えた筈だ。イルカは何の事かと考えたが、女といさかう理由は見付からない。友達の友達と云うだけで。
あっ、と声を出さずに顔を上げ突然思い当たる。カカシを追い掛けていたのだ。自分は中忍で話も出来ないからイルカが羨ましいのだと言っていた。だから機会を作ってあげられたらと軽く約束したのではなかったか。それなのに自分は何もしてあげてない。
でもあれだけの敵意を向けられるのは何故。取ったとか言われても、イルカには解らない。誰かからカカシを取った覚えなど無かったが、何より自分がカカシと恋仲になっているという周囲の噂を知らなかったのだ。
確かにアスマは、今カカシと一番近いのはイルカだと言った。だがそれはカカシに請われたからだと、カカシがただ淋しいからだと、言葉通りに受け取って母の愛を与えているつもりだった。唇への口付けさえ、淋しがりやの子どもだからだと『思い込もうと』していたのだ。
心の底ではカカシの『気持ちのようなもの』をイルカに向かう男の恋情だと感じた筈だが、曖昧にごまかしそれを認めないようにしていた。認めない。それはイルカの心もカカシに向かっていたからだ。
友情か信頼か、それだけならば今までの関係が崩れる事は無い。心地良い表面だけの関係ならば自分も淋しい思いをしなくて済むし、傷付く事もないだろうとは今までも何回となくあった事。
カカシの『側に居る』事はおそらく無傷では済まないだろうとの覚悟もしていたが、何につけ自分を追い込むイルカは結局私のせいで私なんかが、と結論付けてしまうのが常だったから、多分今回も。
カカシを受け入れたのは自分なのだからと、決してカカシのせいにはしないだろう。そこが狙いだとは知らずに。
また少し丸くなった月を見ながら、青白い顔のままイルカは帰路に着き、一晩中眠らなくちゃと寝返りを繰り返すがけれどやはり、考えるのはカカシの事。
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