「昔通っていた居酒屋が一旦閉めていたんですが、町を活気づけようと再開しましてね。」
そこでいいですか、と俺はイルカ先生に聞いたがもう足はそちらへ向けていた。勿論、と大きく頷く笑顔は帰ってきたのだと実感させる温かいものだ。
店の中はまだ空いていたが、忍びと判る服装は一般人の多い店にはあまりよろしくないと、俺達はカウンターの隅に座ることにした。
来てくれてありがとよ、と店主がビールを一本奢ってくれたので、まず乾杯した。イルカ先生は出された物を全て美味しいと小動物のように食べる。俺は唐突に、それを見ている事を幸せだと思った。
「あ、そうだ。」
とイルカ先生はいきなり俺に向き直ったが、近いよ顔。思わず体を後ろに、と背中が壁に当たって身動きが取れないが、構わず話し始めるイルカ先生の上目使いのしどけない仕草が可愛い。
「あの、トンボ玉、ありがとうございました。」
でもアタシ、お土産ねだりましたっけ、とイルカ先生らしい。
いえただ何となく、と答えたが、この人がそれで納得しないのは解っていたので言うしかない。恥ずかしかった。
「ぬいぐるみに負けられないと思ったので。」
ああ、困ったけど、酒の勢いで言うしかないね。暗部から貰ったぬいぐるみをとても喜んでいたから悔しくて、もっと喜ばせたいと思った、なんて睦言みたいな理由。
イルカ先生は深読みせずに素直に喜んでくれたようだがしかし、気に掛けてもらえて特別な関係みたいで。と言ってる時点で何かおかしくないか。
俺の顔が酒ではなく赤く染まるのが判った。なぜぬいぐるみに負けたくないのか俺自身解らないし、何か変だと思う。
「ここなら絶対になくさないと思ったんです。」
と俺に背を向けて頭を指さす、括った髪の根元には俺が選んだトンボ玉があった。じっと見ていたらくるりと椅子を回して、また俺に向き直る。
お守りだって書いてあったから、願い事を書いて結んであります。
普段なら何を書いたのか軽く聞けるのに、澄んだ目を見てしまったら何故だろう、俺は怖くなって聞けない。教えませんよ、と言われてほっとしたと同時に苛々したのは疲れているからか。
俺のベストの内側につい買ってしまった同じ物があるが、今気付いた、いわゆるお揃いだ。
誰も気が付かないから何かわくわくしちゃって。内緒っていいですねー、なんて酔いが回ったイルカ先生が、俺に引っ付いて同意を求めるのだが。
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