縦の糸はあなた 横の糸はわたし
二人で織り成す布が いつか誰かの冷えた心を温めるのだろうか


何でもっと早く出会わなかったんだろう。
オレは結婚こそしていないが、長く同棲している女がいた。お互いに上忍だから忙しくてすれ違いばかりで、子どもを持とうなんて話したこともなかった。けれどどちらか死ぬまで、二人でずっと一緒にいるのだろうと思っていた。
愛はあったのか判らないが、情は確かにあった…筈だ。
イルカに会うまで。


私はアカデミーの同僚と結婚していた。プロポーズを受けたのは、早くに両親を亡くして寂しかったからだ。彼は優しく隣は居心地が良かったから。
割と若いうちに結婚したので教師としてもう少し働きたかったから、子どもはその内にと話していた。何年かして流産して、出産を考えるなら仕事を辞めなければならないと告げられた。
私は教師を選び、彼は無口になっていった。
そしてカカシさんに出会ってしまった。


見詰め合うが会話はごく普通の挨拶と世間話。
出掛ける時は共通の友と。
イルカの生徒がカカシの部下になった事で、弁当を作り誕生日のケーキを作り、但し他の人達にもあげてますよと防波堤は高く築いたが、二人の想いは周知のもととなり。
案外手厳しい、おおらかな筈の忍びといえど。
二人とも執拗な苛めを、いや憂さ晴らしか、水面下でひっそりと受けていた。それでも良かった。お互いの笑顔が支えだった。

けれど。まずイルカが壊れかけた。
それを知ったカカシの戦い方が荒れた。里には帰らず任務を直接渡り歩いた。

カカシの同棲相手の女は辛くなって出ていった。この家には帰らないと置き手紙を残し、長期任務の隊長と結婚して。
流石に空っぽの部屋は寒々しく、カカシは自分が女に何をしたのか初めて知って泣いた。
更に荒れて手がつけられない。単独行動が増え、綱手は無期の謹慎を言い渡した。
イルカは内に籠り、自分のせいだとその身を打ち付けるようになった。
服に隠せる場所は刃物の跡ばかり、誰からも血の匂いが判るようになって、漸く夫は離婚を切り出した。
夫は元々水の国の中心の家系で、国へ帰らなければならないのだと言う。イルカと結婚して勘当されたが、跡取りの兄が死んで帰ってこいと連絡が来たのがイルカが流産して教師の道を選んだ頃だった。
よそ者は受け入れない国だから、たとえイルカに子が生まれていても別れるつもりだった、と。
夫の心が解らずに自分の事ばかりを優先したと、悔いて謝ってしかし夫はイルカの自傷を止められなかったのは同じだと、お互いに許し合えばいいのだと笑った。
カカシとイルカは二人で一枚の布になるのだと言う、夫の言葉の意味が理解できなかったけれど、運命だから出会ったんだよと背中を押してくれた。


綱手はイルカの話に目を細めた。
いい男だったよねえ、里としてもちょっと残念だねえ。ああ、あいつの言った布の例えなんだけどね。
綱手がひと息おいて、ゆっくりと机の中央に置かれた包みを開いたその中には、七色に光る紗の布があった。

お、来たねカカシ。反省はしたかい。勝手して皆に迷惑掛けて、馬鹿野郎が。と叱る声が聞いたことのない程優しい。

イルカをちらりと見て、元気そうだとカカシはほっとする。イルカもカカシの落ち着いた様子にそっと微笑んだ。

こいつら。
綱手は溜め息を吐いて話し始めた。
カカシ、…お前のあの女から届いた物だ。
長期任務の詳しい説明を聞いてなかったろう。実は草の任務でな、落ち着くまで口外無用だったからな。
綱手が布を広げると、イルカの目が輝いた。こんな綺麗な布を見たことがない。
でな、と綱手は続ける。夫婦での任務だから任地で死ぬことになろう。あれは土下座で請われて、お前の事も全て知っていて尚口説く男を選んだのさ。馴れ合いだけで一緒にいるのが辛くなったからって。
カカシが罪悪感を持つことはないんだよ。人の心はそんなに強くない。
それからこれはイルカへ。よく見ろ、ウェディングドレスというやつだ。

カカシが縦糸ならば、イルカは横糸で。二人でなければ布は織れないと、あの男は言いたかったのだよ。きっとこれより美しい布が織れるだろうな、お前達なら。
綱手が二人の手を重ねて決して離すなよ、と言った。


縦の糸はあなた 横の糸はわたし
会うべき糸に出会えたならば それを幸せと呼ぶのだろう
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