イルカはカカシを可愛がる。カカシはイルカに構われたがる。
カカシの口寄せした犬達を、貸して下さいと土下座をする勢いで(勢い余って土下座はした)頼み込んだイルカに呆れて嫌だと即答した。
当たり前だ、見ず知らずの他人に大事な忍犬を貸せるものか。
だが当の犬達はカカシより若い、純朴そうな少年にひと目で懐いてしまった。八匹がくうぅんと鳴き、寂しげな顔をされてはカカシも頷かざるを得ない。
それはまだ、イルカが教師になる前の事だった。
ある国で兄弟親戚の喧嘩が忍び対決として長引き、焦れた里が暗部も出してなんとか一族を脅し諌めて終わらせた帰り道。
たまには外を歩きたいと忍犬達に言われたカカシは、暗部服姿のまま八匹を引き連れてのんびり帰っていた。
髪を染めるでもなく白いままならば、固有名詞は知らずとも誰でも形容詞で判るだろう。
「白髪の暗部、ホント凄いなぁ。」
後ろ姿を拝むように両手を重ね、イルカはうるうると感激していた。…犬達に。
凄いなぁ、は八匹の犬が主人の言う事を聞くように訓練されている件についてだ。
そうして里に着いてすぐ、イルカは我慢できずにカカシに頭を下げたのだった。
「どうかお願いします、最高に綺麗にしますから世話をさせて下さい。お犬様達を洗ってブラッシングして爪を切って歯垢を取って、それから、」
「ちょ、待って、なんで?」
「はい、動物は皆好きですが特に犬が大っ好きなんです。」
新米中忍の域を脱したばかりのイルカは、怖いもの知らずでかつ人懐こくて懐かれやすかった。
突拍子もない若者の言動に驚き声も出ないカカシだったが、一時間も粘ったイルカのお願いにとうとう屈したのは笑顔にほだされたからだ。
可愛い。必死にお願いと手を合わせあーだこーだと理由を付け、カカシをうんと言わせようとするイルカの方が犬に見えてしまったのだ。
だからいいよと本来暗部が私的に誰とも(同じ忍びであろうとも)関わる事はできない筈が、男なれど恋人と偽るならば側にいても構わないとイルカに嘘をつく。
まさか本当にその男が自分と恋仲になるなどとは一切疑わず、しかしいつか気付けばイルカは心を捕らわれていた。
「あんまり会わせてあげられなくてごめんね。」
二ヶ月ぶりの犬達のブラッシング。もう三年か四年か、年に数回の会瀬はイルカにとって指折り数える程の楽しみとなっていた。
「いえ、この子達と会ってお喋りする事は何より楽しいので。」
毎日を頑張る為の理由になるからと。
笑うイルカは気付いていた。いつしか犬達よりもカカシに会う方が、嬉しくて楽しくて。そして最近では、切なくて。
その理由に。
「どうしたの、念願のアカデミー教師になったんでしょ?」
「はい。…。」
何かを言いたそうに口を開いて、閉じて俯いたから。
俯いた先に顔を出して、胸元にカカシは頭を擦り付けた。驚き仰け反るイルカを、腕に抱え込む。
「構って。」
犬なんかよりも沢山。
本当はずっと、イルカもそうしたかったけれど言えなかった。だから自分の願いをそのまま言い出したカカシに驚いた。
「いいんですか。」
カカシにだけでなく、自分の心にも了承を取り付ける。
だって箍が外れてしまいそうだったから、言っちゃいけないしちゃいけないってきっちり線を引いておいたのだ。
「我慢は必要ないよ。だって、これからは毎日会えるんだから。」
暗部を抜けてイルカと同じ服を着る事になったんだ、と嬉しそうにカカシが言うからイルカも嬉しくて大きく頷いた。
そうして犬達のブラッシングは大分回数が増えたが、彼らがそれで納得するわけではなかった。
八匹の代表の小さな犬が、イルカを正座させて元から不機嫌そうな顔をずいと鼻先に突き出した。
「何故カカシだけ毎日世話をする。わしらはお前の何だ?」
「オレもこいつらも、家族だよね。」
脇からカカシが口を出した。だからイルカはうっと唸って、自分を囲む彼らを見回した。一人と八匹じゃなくて、九人とか九匹とか数え間違えるほど確実に侵食されている。
「家族、です。」
だって週末や祭日は、いやイルカの休日は全部彼らに捧げているのだから。
「引っ越せ。」
「どこへ。」
「ここへ。」
「ここ?」
「ここ! カカシの家じゃ!」
「えと、誰が?」
「お前以外に誰がいる!」
わんと吠えた後ろを振り返れば、一番大きな犬がアパートの部屋にある筈のイルカの荷物をこちらへと鼻で押しやった。
「手続きは全部済ませたから、イルカは今からこの家の住人だ。」
その家の縁側では、白銀のヒトガタ大型犬を猫っ可愛がりするイルカが見られるようになった。
カカシの口寄せした犬達を、貸して下さいと土下座をする勢いで(勢い余って土下座はした)頼み込んだイルカに呆れて嫌だと即答した。
当たり前だ、見ず知らずの他人に大事な忍犬を貸せるものか。
だが当の犬達はカカシより若い、純朴そうな少年にひと目で懐いてしまった。八匹がくうぅんと鳴き、寂しげな顔をされてはカカシも頷かざるを得ない。
それはまだ、イルカが教師になる前の事だった。
ある国で兄弟親戚の喧嘩が忍び対決として長引き、焦れた里が暗部も出してなんとか一族を脅し諌めて終わらせた帰り道。
たまには外を歩きたいと忍犬達に言われたカカシは、暗部服姿のまま八匹を引き連れてのんびり帰っていた。
髪を染めるでもなく白いままならば、固有名詞は知らずとも誰でも形容詞で判るだろう。
「白髪の暗部、ホント凄いなぁ。」
後ろ姿を拝むように両手を重ね、イルカはうるうると感激していた。…犬達に。
凄いなぁ、は八匹の犬が主人の言う事を聞くように訓練されている件についてだ。
そうして里に着いてすぐ、イルカは我慢できずにカカシに頭を下げたのだった。
「どうかお願いします、最高に綺麗にしますから世話をさせて下さい。お犬様達を洗ってブラッシングして爪を切って歯垢を取って、それから、」
「ちょ、待って、なんで?」
「はい、動物は皆好きですが特に犬が大っ好きなんです。」
新米中忍の域を脱したばかりのイルカは、怖いもの知らずでかつ人懐こくて懐かれやすかった。
突拍子もない若者の言動に驚き声も出ないカカシだったが、一時間も粘ったイルカのお願いにとうとう屈したのは笑顔にほだされたからだ。
可愛い。必死にお願いと手を合わせあーだこーだと理由を付け、カカシをうんと言わせようとするイルカの方が犬に見えてしまったのだ。
だからいいよと本来暗部が私的に誰とも(同じ忍びであろうとも)関わる事はできない筈が、男なれど恋人と偽るならば側にいても構わないとイルカに嘘をつく。
まさか本当にその男が自分と恋仲になるなどとは一切疑わず、しかしいつか気付けばイルカは心を捕らわれていた。
「あんまり会わせてあげられなくてごめんね。」
二ヶ月ぶりの犬達のブラッシング。もう三年か四年か、年に数回の会瀬はイルカにとって指折り数える程の楽しみとなっていた。
「いえ、この子達と会ってお喋りする事は何より楽しいので。」
毎日を頑張る為の理由になるからと。
笑うイルカは気付いていた。いつしか犬達よりもカカシに会う方が、嬉しくて楽しくて。そして最近では、切なくて。
その理由に。
「どうしたの、念願のアカデミー教師になったんでしょ?」
「はい。…。」
何かを言いたそうに口を開いて、閉じて俯いたから。
俯いた先に顔を出して、胸元にカカシは頭を擦り付けた。驚き仰け反るイルカを、腕に抱え込む。
「構って。」
犬なんかよりも沢山。
本当はずっと、イルカもそうしたかったけれど言えなかった。だから自分の願いをそのまま言い出したカカシに驚いた。
「いいんですか。」
カカシにだけでなく、自分の心にも了承を取り付ける。
だって箍が外れてしまいそうだったから、言っちゃいけないしちゃいけないってきっちり線を引いておいたのだ。
「我慢は必要ないよ。だって、これからは毎日会えるんだから。」
暗部を抜けてイルカと同じ服を着る事になったんだ、と嬉しそうにカカシが言うからイルカも嬉しくて大きく頷いた。
そうして犬達のブラッシングは大分回数が増えたが、彼らがそれで納得するわけではなかった。
八匹の代表の小さな犬が、イルカを正座させて元から不機嫌そうな顔をずいと鼻先に突き出した。
「何故カカシだけ毎日世話をする。わしらはお前の何だ?」
「オレもこいつらも、家族だよね。」
脇からカカシが口を出した。だからイルカはうっと唸って、自分を囲む彼らを見回した。一人と八匹じゃなくて、九人とか九匹とか数え間違えるほど確実に侵食されている。
「家族、です。」
だって週末や祭日は、いやイルカの休日は全部彼らに捧げているのだから。
「引っ越せ。」
「どこへ。」
「ここへ。」
「ここ?」
「ここ! カカシの家じゃ!」
「えと、誰が?」
「お前以外に誰がいる!」
わんと吠えた後ろを振り返れば、一番大きな犬がアパートの部屋にある筈のイルカの荷物をこちらへと鼻で押しやった。
「手続きは全部済ませたから、イルカは今からこの家の住人だ。」
その家の縁側では、白銀のヒトガタ大型犬を猫っ可愛がりするイルカが見られるようになった。
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